2011年12月23日金曜日

調味料は進化しているのか?…5 調味料と内食(日本型食生活)の関係


日本型食生活(ハルコの朝食・12年前の『料理王国』より)

リーマンショックに大震災と、景気が後退していく時代がつづいています。
また、1990年前半から始まった「バブル崩壊」後から外食産業が後退して、内食(外食に対して自宅で食事を取る意味ですが、ハルコはあまり好きな言葉ではあるません。中食は総菜等を自宅に持ち帰って食べるという意味)が増加しました。

さて、話はバブル崩壊より10年ほど前の1983年(昭和58年)にある諮問が提言されました。その内容は、「私たちの望ましい食生活・日本型食生活のあり方を求めて」と識者が厚生省(当時)に出したもので、8か条からなります。
その中の(3)には「お米の基本食料としての役割とその意味を認識すること」という項目がありました。カロリー重視の欧米型食生活からの大転換がこの歳を境に変化していったのです。
それは、その後の時代を経て「食育」まで繋がっていく岐路となりました。単なる食生活の見直しばかりでなく、遠因は年々増加する医療費の抑制のため食習慣から変えていく、という意味があったのです。
それと同時に、消費者の米離れを食い止めるために「米食」の勧めが推奨されたのです。

話はバブル崩壊後の家庭の動向の戻ります。内食が増えて味噌などの基本調味料の売り上げが増えてきたのですが、「日本型食生活」にはほど遠い食べ方が浸透してきました。
それは、「日本型食生活」の一汁三菜などではなく、食べたいものを食べる「居酒屋スタイル」だったのです。
米飯だと、使用する調味料はご飯に合うものが中心ですが、居酒屋スタイルになるとソース、唐辛子、マヨネーズ、ラー油、マスタード等色々な調味料が登場してきて、場合によってはメーカーが想定していないような調味料同志の組み合わせでカスタマイズされてきたのだと考えています。

そんな中で「調味料=おかず」という発想で「食べる調味料」が全国で注目され、地方独特の食材がクローズアップされたのでは、とハルコは思うのです。
その流れの中でもやはり、食の安全性や伝統的な食を守る、という機運が高まりました(イタリアのスローフード運動)。日本でも農作物を中心にした地域の絶滅寸前だった伝統食の見直し運動が起きました。ある意味で、グローバルに対抗する食のナショナリズムと考えても間違いではないでしょう。
いよいよ、明日は今回のまとめの「うまみ文化」へ発信です。

●ダノイ日本橋
12月7日にオープンした「ダノイ日本橋」へ訪れました。当日はオクサマのお供でございます。オクサマが仕事関係でお世話になった方々との会食会でした。
やはり懐かしいメニューから選んでしまいました。“スパゲッティ・トリッパ・アラビアータ“。これはダノイで200皿以上は食べたでしょうか。そしてダノイ名物“キャベツとアンチョビのスパゲッティ”“コートレット・ミラネーゼ”
美味しい一夜でした。


左/日本橋室町周辺の鎮守神、ダノイのシンボルクマ!?
中央/スパゲッティ・トリッパ・アラビアータ
右/キャベツとアンチョビのスパゲッティ

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