2014年5月9日金曜日

菓子と伝導

今日はとても暑いですね。連休が終わり、すっかり初夏の陽気ですが、途中で梅雨入りもありそうですね。

ハルコはヨーロッパに旅行に行くと、必ず教会に行きます。
カソリック、プロテスタント等、宗派に関係なく行くのですが、ハルコは信仰心があるわではありあません。教会の中の雰囲気が好きなのです。また、時間が許せばミサ(カソリック)にも参列します。
最後まで信徒の中に紛れて、寄進したり、十字を切ったり、聖体拝領のパンを神父さんからいただいたりとハルコは成り切って楽しんでおります。
キリスト教ばかりではなく、宗教儀式やお祝いなどの場では、お菓子がたくさん登場しますね。今日はそんなお菓子と伝導の話です。


森永製菓の創始者森永太一郎氏(1865-1937)は佐賀に生まれ、19歳で上京し、陶器商に勤めていました。なかなか上手くいかずに悩んで公園のベンチに座っていると、60歳ぐらいの婦人が彼の隣に座ってハンドバッグからキャンデーを取り出し、その一つを彼に勧めてくれたそうです。
キャンデーをほおばった太一郎氏は、思わず「うまい!」と叫んでしまい、その瞬間に洋菓子職人になろうと決心したのだそうです。
アメリカに渡った太一郎氏は、苦労して修行をしている頃、オークランドである老夫妻に出会い、彼らの信仰心に触れてオークランドの日本人教会で求道し、ついに洗礼を受けました。

一度、日本に帰ってきて伝導者として活動しようと思いましたが、これも上手くいきませんでした。
再度製菓技術を学ぶために渡米して苦労の末に帰国し、赤坂の溜池に二坪の小屋を借りると「森永西洋菓子製造所」の看板を掲げ、開業したのでした。
太一郎は、宣伝販売をするためにガラス張りの屋台式箱車を作らせ、その中にお菓子を積んで町を歩きまわりました。
屋台の屋根には「キリスト・イエス罪人を救わんために世に来たりたまえり。義は国を高くし罪は民をはずかしむ」という聖句を書いた看板が打ち付けられていたため、「ヤソの菓子屋さん」と呼ばれ有名になったのです。
そして、森永の大ヒット商品のミルクキャラメルが生まれ、お馴染みの「エンゼルマーク」が誕生したのです。
1905年の5月9日は、森永製菓(当時は森永西洋菓子製造所)がエンゼルマークを商標等登録して、初めて新聞広告を出した日なのでした。

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