2012年2月29日水曜日

点心って何?


私たちが「点心」と聞くと餃子や焼売などを連想しますが、実は中国料理の中では、とても広範囲なジャンルなのです。
辻調理師学校『中国料理便覧』を参考にすると、まず定義としては「点心(デイエヌシヌ)は、主要な食事以外の軽食及び菓子類を言う」のです。難しいですね。この定義だと、ラーメン屋のラーメンに餃子・半ライスの定食は、食事ではなく軽食になります。

味は2種類で、1つは甘味を含む点心の甜点心(テイエヌ・デイエヌ・シヌ)で、小豆餡などを用いて作る菓子類。もう一つはお馴染みの麺類、飯類、餅(ピン)類の鹹点心(シュヌ・デイエヌ・シヌ)です。
次に点心の種類は、主食となる米を使った「飯類」炒飯、蒸飯から粥までと無数にあります。
小麦粉を原料としたソバ類の「麺類」この麺類がまた山ほどあります。中国では麺のことを「麺条(ミエヌテイアオ)と呼び、200種類以上あります。
この麺類に、一度は足を踏み込んでみたいと思っていますが、パスタ同様に奥深い世界ですね。

餃子は「餃子・焼売類」で、小麦粉や浮き粉(小麦粉のデンプンを精製したもので、グルテンを除去してある)などで生地を作り、肉類や野菜類などの餡を包みこんだものです。
似通っていますが包子・饅頭類は、小麦粉で比較的厚く皮を作り、中に色々な餡を包み込んだものを包子(パオヅ)といいます。簡単にいうと肉まん、餡まんのことで、中に何も入れない饅頭(マントウ)は、パンのようですね。

その他にも、生地を薄く伸ばして二重に重ねた盒子類(ホヅ)、米粉、糯米粉(もちごめ)などで生地を作り、中に小豆餡や胡麻餡などを包み込んで団子状にした圓子類(ユアヌヅ)、蒸籠に入れて、蒸し固めた糕類(ガオ)、色々な木の実や果実をすりつぶし、クリーム状にした酪類(ラオ)、そして、各種の餡を包み込み、平たく円形にして焼き上げた餅類(ピン)があります。

2012年2月28日火曜日

ナポリタン賛歌

ハルコは大を3つ付けても良いくらい、ナポリタンが大大大好きでございます。
さらにオクサマもナポリタンが好きです。ナポリタンは日本発のパスタ料理ですが、国際的になることは多分ないでしょう。


ハルコは「日々是甚六」と言うくらいに「甚六」に入り浸っております。ともかく旨くて安いのです。
「甚六」は和食を中心にした居酒屋ですが、お気に入りはナポリタンなのです。当然店のメニューにもなく、裏メニューでもありません。食べたい時は、我が侭にすべての材料を持ち込んで作ってもらうのです(真似しないように!)。昨日はオーダーできなかったので次回は食べるぞ!

さて、何故「甚六」のナポリタンが旨いのか、実は秘密があります。オーナーの永谷さんは、日本のイタリアンの草分けの一つで修業をしていたのです。
戦後米軍相手に、六本木でアメリカ人ニコラス・ザペッティが開業した、その名も「ニコラス」という店でした。
同じ六本木に開店した「アントニオ」「キャンティ」よりも4、5年早かったのです。

ナポリタン発生の説はいくつもありますが、その一つに進駐軍の軍事食「ミートボールスパゲッティ」という説があります。ニコラス・ザペッティは進駐軍出身なのです。
そう考えると「甚六」のナポリタンは正統(!?)派なのです。

イタリア料理でナポリタンに近いもの(変な表現ですね)が「スパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナ」です。これは、パンチェッタ(ベーコン)に玉ねぎ、トマト、唐辛子を合わせたソースに、ペコリーノ・ロマーノ(羊乳チーズ)をかけたもので、ハルコはイタリア料理屋さんでも頼みますが、トマト(トマトケチャップ)と唐辛子(タバスコ)じゃないと「本当の味(!?)」にならないので、無性にナポリタンが食べたくなるのです。

アルデンテなんてややこしいこと言わないで、茹で過ぎなくらい柔らかなスパゲッティを、音を立てながらすする至福の時間なのです。

2012年2月27日月曜日

逆流性食道炎


突然ですが、ハルコは逆流性食道炎なのです。
深夜寝ていると、♩ゴジラ登場ののテーマソングが「♩ドゥドゥドゥン!ドゥドゥドゥン!」と音楽が夢の中で聞こえてきます。

胃から強烈な酸が食道を駆け上がってくるのです。そして、頂点に達すると“ギャー”とゴジラが吠えて、眼が覚めるのです。
その痛い事といったらありません。食道に焼け火鉢を突っ込まれてような(焼け火鉢は個人の感想です)、
夜中に痛くて起きるともう眠れません。
水を沢山飲んで食道の酸を落ち着かせるのですが、痛みと不快感は2時間ほど続きます。
加齢と共に食道と胃の噴門部(ふんもんぶ)が緩くなり、本来閉じている噴門部から胃酸が食道を逆流してくるのですね。
最近は認知されてますが、以前は胃もたれ、胸焼けと言ってましたね。

大本の原因は食生活にあるのです。
仕事で外食する機会が多く、いつも体調が万全と言うわけではありません。
連日暴飲暴食が続き、止めに「赤ワインと肉」の組合せが決定打になります。
対処療法としては、枕を高くする方法を採ります(ちなみに、「枕を高くする」「高くして寝る」、これは紀元前の中国の『史記・張儀列伝』に、「無楚韓之患、則大王高枕而臥、国必無憂矣(楚と韓の患いがなくなれば、大王は枕を高くしてお休みになれ、国には必ずや憂いがなくなりましょう)」に由来してます)。
ハルコは寝る時に枕3つを重ねてます。それでも、逆流性食道炎との日夜戦い続けてます(まぁ、食生活の改善で治りますがね)。

そこで、最終手段は薬です。
「タケプロン」という武田製薬の十二指腸潰瘍の薬ですが、これが逆流性食道炎にも効果があります。
今日は“来そうかな”と思う夜に飲んでから枕を高くしてお休みします。
良い効き目ですが、お医者さんの処方箋が必要です。

2012年2月24日金曜日

パスタの作法とフォーク


イタリアの地中海の保養地“フォル ディ マルミ”に滞在していた時です。
毎日海岸沿いのレストランで昼食を取っていました。

隣にイタリア人の4人親子がいて、パスタを食べていましたが、気になったのが父親のパスタの食べ方です。パスタをフォークにからめて廻す回数が非常に多いのです。
それとなく回数を数えていましたが(暇ですね)、10回数えての平均値は17回!! ハルコはせいぜい3〜5回です。多いと思いませんか?
フィレンツェ在住の友人にその話をしたら、「パスタを廻す方向にも面白い話があるよ」と言います。パスタをフォークで時計回りに廻すのを、逆にすると不幸になるんですって。“マンマミーヤ!”

そもそも、イタリア・ナポリではパスタは庶民の食べ物で、手づかみで食べるものでした(パスタの普及は17世紀以降)。
ナポリ国王のフェルナンド2世はその庶民の食べ物パスタが大好きで、自分の晩餐会に出すために、上品な食べ物だという意味で、フォークを使いました。
実はフォークの歴史は短いのです。ナイフは人類の歴史と添うように存在していますが、フォ−ク自体の原型は、先が二股に分かれている肉を焙るために使う道具でした。
これを、カトリーヌ・ド・メディシスがフランス国王アンリ二世に嫁いだ時に持ち込んだのが1533年。当時はフォークは“気障な道具”“華美で女々しい道具”(失礼な!)と呼ばれていたそうです。

フォークの歯は最初の二股から3つ、4つと増えて行きましたが、5本歯、6本歯もあったそうです。機能として4本歯に改良されたのは18世紀のドイツで、イギリスで普及したのは19世紀の終わりです。そう考えるとフォークは100年ちょっとの歴史なのですね。
パスタを食べる時はスプーンは使わないでフォークだけで、とか色々と小うるさい作法をいう人もいますが歴史的に見ると、つい最近のことなのです。

2012年2月23日木曜日

メニューを見せてください。


はじめてフランスに行った時のことです。ガイドブックには、レストランへ行った時「メニューをください。“le menu, sil vous plait" と言うと、「定食」が出て来るので注意!」と記述していたのを思い出しました。
うむ、今はどうなんでしょうね。
ハルコもそんな事は気にしない歳になってまいましたが、今なら目の前で指で四角を作るジェスチャーをするのでしょうか。
 本来は“menu(ムニュ)は、“La carte(ラ・カルト)で、単品を指す“a la carte(ア・ラ・カルト)なんていうのは常識になりましたね。

話は外国ではなく日本なのです。
料理屋さんでの楽しみは、このメニューを見ながら食事の組み立てをすることですね。
ところが、これが苦手な人が意外に多いのです。

あれこれ食べたいので結局迷ってしまうタイプ
食材や料理の知識に乏しく選べないタイプ
いつも他の人が選んだものを決局選択するタイプ
最初から面倒だと思って考えないタイプ

まぁ、色々なタイプがあると思います。

最近ハルコは歳のせいもありますが、メニューを読むのが苦痛になってきました。
特に、薄暗いレストランで小さな文字で書かれたメニューを読むのはお手上げです。
また、メニューの説明をしてくれる所で、説明が長くなると前の部分は忘れてしまい覚えられない。困ったもんです。

以前通っていた中国料理店では、オーナさんがメニューの説明をしてくれるのですが、こちらから「今日は風邪気味」「お腹がそんなに空いていない」「○○は食べたい」的なオーダーをすると、料理の食材や調理法をダブらないようにして、お酒も合わせてくれました。
自分で選ぶと、好きな食材で同様の味つけになってしまいますので、その辺のバランスは見事でした。
これからのレストランのホールは、客に対して本当のサービスで勝負する時代ではないかと思うのです。

ちなみにハルコは「苦手な食材などはございますか?」と聞かれる度に、「不味いもの」と言うことにしてます。
困った客ですね。

2012年2月22日水曜日

オトコの料理教室……連続第5話最終回

2月22日は「2ニャン、2ニャン、2ニャン」で猫の日だそうです。
しかし、まだ「若鶏のフリカッセ」が終わりません。


チキンブイヨンで鶏肉を煮込みますが、煮込み過ぎると鶏肉がパサパサになるので、タキガワ君、鶏肉を一旦引き上げます。

先生「鶏肉を引き上げましたか。では、鍋の中身を煮詰めてくださいね」
ここで鍋を煮詰めてから、中身をザルで濾します。
いやはや、大変な作業ですね(ハルコ:こんな面倒なレシピにしなければよかった。肉じゃがくらいにしておけば、3回で食べられたのに!)。

先生「ザルで中の野菜を押しつぶすように濾してくださいね。これをバターを使ってソースをつなぎ、さらに濃度をつけます。フランス語で“ブールマニエ”と言います」

元課長さんは酔いが醒めたのか、調理台に復帰です。タキガワ君は、元課長さん鶏肉の骨を外して食べやすい大きさに切ってもらうことにしました。
そこに、権田原春助さんが戻ってきて、「すまねぇ。ちょい野暮用がコンコンチキで」と、言っていることはさっぱり判りませんが、ともかくタキガワ君と二人で鍋からザルで煮汁を濾しました。

この煮汁に、バターと小麦粉でとろみを付けるのですね。
タキガワ君は、その前に元課長春助さんに、付け合わせの小タマネギとシャンピニオンをブイヨンで煮て合わせる作業をお願いしました。
おっと、ぎっくり腰の元支店長も戻ってきて、「ワシがブールマニエをする」と、言って鍋の中をかき混ぜ始めました。

タキガワ君はそばから生クリームを加えて、鶏肉を鍋に戻します。
先生「今回は古典的で伝統的な“リエ”でソースをつなぎましたが、
   バターや小麦粉だと重くなりますね」
これが段々軽くなり、バターからオリーブオイルや、さらに小麦粉の代わりに野菜やキノコをピューレ状にして自然なとろみにしたりと、ヌーベルキュイジーヌの頃から変化してきたそうです。
究極は水自体がソースという考え方ですが、やはりしっかり作ったソースの料理は好きだな、とタキガワ君は思うのでした。

何とか「若鶏のフリカッセ」が出来上がり、楽しい試食の時間です。あれほどいがみ合っていた4人ですが、やはり自分達で作った料理は美味しいものです。タキガワ君もリーダーとしての面目躍如ですね。
……その時に窓の外に怪しい人影が……。
「これは、あのマサ……」

そのうちにタキガワ君と料理教室荒らしのマサの対決が!

※くどいようですが、タキガワ君はものすごく特定の個人に酷似してますが、あくまでフィクションですからね。
尚、今回のレシピはハルコの修行でお世話になった、かつての名店「プティポワン」北岡尚信料理長の「若鶏のフリカッセ・白シチュー」です。

2012年2月21日火曜日

オトコの料理教室……連続第4話

料理教室は大変ですね。なかなか「若鶏のフリカッセ」が出来上がりません。
タキガワ君チームリーダーとして奮戦しております。


はい、元支店長さん“ブーケガルニ”を用意してください。えっ、タコ糸が見つからない? 後ろの台から借りてください。
元課長さんは、ブーケガルニが出来たら、鍋に入れて……。
あぁ、元支店長さん、どうしてブーケガルニをそんなに縛るのですか? えっ、緊縛亀甲縛り!? 普通に巻いてください。お願いですよ。
元課長さん白ワインは鍋に入れてください。飲んじゃダメ! えっ、少しくらい良いだろって? ダメですよ。先日も料理用日本酒を飲み干していたででしょう。えっ、俺はこれで役所をしくじったんだよ!ウィ~。
アァアァ。一本飲んでしまいました。もう、寝てますよ。
困ったもんだ、後は頼りになるには、元欧州支店長さんだけですからね。
えっ、ぎっくり腰で動けない!

と、いうことでリーダーのタキガワ君、残りは一人で作る事になりました。さすがに将来ビストロを開こうなんて考えているので、要領手際は良いですね。
「テキトウ、テヌキ、テニアマル」のハルコとは大違い! 偉いぞタキガワ君!

先生「本当はちゃんとチキンブイヨンを作りたいのすが、時間がかかるので今日は市販のチキンブイヨンで代用します」
タキガワ君もう一人なのでお気楽です。権田原春助もいつの間にかいなくなっているし、元課長さんは酔っぱらって寝て、元支店長さんはぎっくり腰でソファで唸っております。
いやはや、大変な騒ぎです。

私ごとですがハルコは昔、な、なんと! 調理師学校で講師をしたことがあります。
えっ、ハルコに教わる生徒が可哀想だって? よけいなお世話です。
それも調理師学校の栄養士科だったのです。
そして初めての調理実習の授業の日に、調理実習室に行きました。
当然、若い子が多いのですが(ハルコは調理を教えていたのではないのですよ)、その中でひときわ年齢の高い白髪のオジさんがおりました。最初は調理実習の先生かと思ったのですが、聞いてみると何と元警察官で、退職して自分で小料理屋さんを開こうと入学したのですが、間違いで調理師科ではなく栄養士科になってしまったということでした。
ハルコよりはるかに年上のオジさんから「先生」と呼ばれるのは、何だか小恥ずかしい思いでした。

でも、人数が多いので調理実習室はもう大変!
「先生、○○君が包丁で手を切りました!」とか、大騒ぎです。
最初の年は人数が多く2クラスで合計70人ほど。
これが実習室でチームを組んで共同作業をさせるのですが、やはりリーダーは重要と思い、タキガワ君が主人公の物語を考えたのです。
あぁ、また寄り道してしまった。いつになったら「若鶏のフリカッセ」は完成するのだろう。
また、「料理教室荒らしのマサ」って?
(まだ、まだ、続く)

※例によって登場人物の「タキガワ君」が非常に特定の個人に酷似しておりますが、あくまでフィクションです。

2012年2月20日月曜日

オトコの料理教室……連続第3話

またまた、料理教室の続きでございます。
えぇ~、先週リアル「タキガワ君」とお会いしまして、実際オトコの料理教室はどんなものですか?と、お聞きしました。
「そうですね。趣味で来られる方は、結構料理教室を渡り歩いてる方がおりますね。
その中で色々な料理教室を渡り歩いている、『料理教室荒らしのマサ』という人のことを、噂で聞いたことがあるんです」と、話し始めました。

相当の技術の持ち主で、料理教室の先生よりはるかに上手いんだそうで。
自前の高そうな包丁を持ってきて、魚なんか見事に捌くんですね。
意外に料理教室の先生達って趣味から始めた主婦感覚の人が多くて、包丁使いなんかを見ていても、洋風は出来ますが和食で基本的なことになると、あまり知らないですね。
そこで、「料理教室荒らしのマサ」はそんな料理教室に乗り込んで、料理教室の先生を落ち込ませて、他の料理教室へ生徒をごっそり持って行くのを仕事にしているんだそうです。
「じゃ、最初にそんなのは断れば良いじゃないですか」
それが料理教室に新しく来る度に、名前も全て変えているし、謎ですよね。

と言ったところで、話は元の「若鶏のフリカッセ」に戻るのでございます。


前回は鶏肉を焦げない様に鍋から出したんですね。
支店長とタキガワ君タマネギ、ニンジン、ポロネギをひたすらみじん切りにしています。意外に支店長さんも上手ですね。
「そりゃ、ワシはパリ駐在だった頃、見よう見まねで料理を作っておったからな」
と、商社の元支店長さん。

鍋にみじん切りの野菜を入れてしんなりと炒めるのは、元経産省の課長さん。
「毎日毎日、上司からも部下からも痛めつけられて……」
おやおや、泣き始めてしまいました。
「だから、こうしてタマネギもニンジンも、鶏肉も痛めて、いや、炒めて小麦粉をかける、どうだ!」
おやおや、鍋に八つ当たりを始めましたね。

先生「良いですか、皆さん。ここがポイントですよ。鶏肉と野菜から出た旨味をつなぐんです。これは、フランス語で“リエ(Lier)と言います」

「リエ~~!」
 おっと今度は支店長さんが泣き始めました。
どうも、家を出て行った奥様の名前が「理恵」さんだったようで、まだ戻ってきていません。まぁ、あの人を人とも思わない性格なら……。

先生「炒めた鶏肉と野菜に小麦粉を振りますが、これも……あっ、元課長さん! 手づかみで小麦粉を振らないように。ダマになるので“ふるい”にかけてくださいね。小麦粉は“リエ”になって、素材やスープに濃度(とろみ)をつけるんです。そうすると、粘性で素材から出た液体が流れにくくなって、味がまとまるんですよ」

ハ~~イ、先生。

※思いつきで書き始めたのにいつになったら、「鶏のフリカッセ」は完成するのか!
例によって、登場人物が非常に特定の個人に類似してますが、これはあくまでフィクションです。

2012年2月17日金曜日

ハルコ電子本発信!

ハルコ初の電子書籍が販売配信いたします。
『プロから学ぶ料理修行』第1弾
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定価はなんと280円!

対応機種は以下のとおりです。
・Windows PC
・アンドロイド スマートフォン
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Macは残念ながら未対応です。


●お手伝いハルコの「プロから学ぶ料理修行」
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是非、ご覧ください。

2012年2月16日木曜日

オトコの料理教室……連続第2話

昨日から続きで、タキガワ君は料理教室の4名ひと組のチームリーダーにさせられました。
タキガワ君、この中では最年少でございます。と言っても、定年まで5年ほどの年です。
他の3名は元商社欧州支店長、元経産省の局長と言いましたが、それは本人の見栄で本当は元課長です。
おっと、一人口のお悪い方がおりましたね。
権田原春助、御年78歳の最年長者です。
元々ここの料理教室の建物の大家さんで、毎日暇なのと、ボケ防止に昼食を兼ねて教室に出ております。


(先生)いいですか。「若鶏のフリカッセ」
まず、鶏肉1羽を包丁で切ってください。

春助さん、包丁を人に向けないでくださいね。
危ないですから……。


「おっと、いけねぇ。失礼しやした。元支店長さん」

はい。リーダーを拝命いたしましたタキガワです。
では、役割分担しましょうね。
春助さんは鶏肉を骨付きのまま割切りしてください。

「あいよ、切ったら後は若けぇのにまかせるよ。
 おいらは、出来上がるまで先生の所にいらぁ」

支店長さんと私タキガワは野菜を切りましょう。経産省さんはえーと、Kさんで良いすね。切った鶏肉をバターとサラダオイルで蒸し焼きにしてください。あまり焼き色を付けたらだめですよ。

おっと、意外にタキガワ君料理に詳しいですね。
タキガワ君は現在勤めている秋葉原の問屋さんを定年で勤め上げた後に小さなビストロを作るのが夢なのでございます。
そのために、本当は調理師学校で勉強したいのですが、まとまった時間が取れないの、休日に近所の料理教室に通っているにでした。

(先生)鶏肉を切ったら、まんべんなく、塩と胡椒をしてくださいね。

はい、Kさん。そろそろ、鍋から鶏肉を取り出してください。

「きき、君はこのワシに向かって命令するのかっ!」

いえいえ、そろそろ、鍋から上げないと焦げてしまい……。あぁ、焦げてる。

(たぶん、続く)

※短い話にしようと思いましたが、長くなりそうですし、この際「若鶏のフリカッセ」が完成するまで書きます。
尚、例によって、登場人物が非常に特定の個人に類似しておりますが、
これはあくまでフィクションです。

●若鶏のフリカッセ/材料(4人分)
若鶏……1羽(約1.4kg) バター………30g サラダオイル………適量
タマネギ………150g ニンジン………70g ポロネギ(白い部分)………80g
チキンブイヨン………800ml 白ワイン………200ml ブーケガルニ ………1束
生クリーム………200ml 小麦粉………適量
●付け合わせ
シャンピニオン(マッシュルーム)………10個 小タマネギ………8個バターライス………400g セルフィーユ………適量 塩・コショウ………少量

2012年2月15日水曜日

オトコの料理教室……連続第1話

え~、最近は料理教室が盛況らしいですね。
お家でオマンマをいただいた方が、経済的にも栄養的にもよろしいようで。
そんな料理教室ですが、この所定年退職などで仕事をお辞めになった男性の方も多くいらっしゃるようですね。
今日は、そんなリタイヤされた男性ばかりの料理教室をのぞいてみましょう……。

それぞれの調理台というんですか。3つございまして、それぞれにまぁ、少しくたびれた初老、いや失礼しょぼくれた、中年のオトコ達が5名ずつ張り付いております。
今日習うのはカレーでもないのに全体に12人の加齢臭がフンプンですね。

教えている先生を見るてぇと、おやおや、若い女性ですね。お肌がピチピチ。
ふた昔もよん昔も、オトコの習い事なんてぇもんは、小粋な常磐津のお師匠さんと相場が決まっておりまして、時代を感じさせますね。お料理教室ですよ。お・りょ・う・り・きょう・しつ!
料理が終わって、先生とご飯を食べるのを楽しみにしている不埒者が多いようで。

はーい、みなさん。今日は 
「若鶏のフリカッセ」を作りますから、
4人一組で分担お願いしますね。

どうも、それぞれの調理台では、オジさん達が役割を決めているようで。

「君は鶏肉を切って、そっちの君は鶏肉を炒めなさい」
「ちの君は野菜を細かく切って……。」

「おや、お宅は随分人様に命令しやすね」

「な、なに、ワシの言うことに文句があるのか!」

「いや、文句てぇのじゃござんせんよ。何でお宅がみんなを仕切るんだってんでぇ」

「プロジェクトには優秀なリーダーが必要なんだ!」

「えっ、プロジェクト!? てやんでぃ! 鶏肉のシチュー作るだけだろう」

「ワシは商社で欧州の支店長までしておった。
 このワシしか、この
 “究極に旨い若鶏のフリカッセ製造プロジェクト”
 責任あるリーダーにふさわしい者はおらんだろう!」

「ほう、あなたは商社さんですか。私は商社を監督する経産省の元局長ですよ。
 リーダーになるなら私の方がふさわしい!」

まぁ、料理教室に世俗の社会的地位を持ち込む方もいらっしゃるようで、困ったもんでございます。

(先生が)他のチームはもう作業してるんですよ。どうしてここはまだ、何にもしてないのですか。えっ、リーダ争い! うんもう、ばかばかしいったらありゃしない。
リーダは、はい。タキガワ君、あなた。

えっ、僕ですか? 僕は、リーダって柄じゃないんですが。

「ワシがリーダーじゃ」「私がリーダーになる!」

うるさ~~い!小学校のクラス委員を決めてるわけではないんですよ~~。
タキガワ君がともかくリーダで良いの!

(明日に続く)

※登場人物が非常にある特定の人に酷似しておりますが、
これはあくまでフィクションです。

2012年2月14日火曜日

チョコレート事始


2月14日は本当に年中行事化した「聖ヴァレンタイン・デー」ということで全国でチョコレートの移動日らしいですね。
ハルコはチョコレートより煎餅の方が好きなのを知っている人も多く、この日はよく煎餅をいただくのですが。

モノの本によると、日本では神戸の洋菓子メーカー「モロゾフ」「St.Valentine's Day」1936年(昭和11年)に英字新聞「The Japan Advertiser」「愛の贈り物としてヴァレンタインにチョコレートを贈ろう」と広告を出したとされております。
しかし、モロゾフの創業1931年のカタログには、すでにヴァレンタインチョコレートの名前があり、日本では(というより、日本だけの現象)は80年を超す歴史なのですね。
その当時、モロゾフの創業者モロゾフと二代目の葛野友太郎による、経営権を巡る問題があった時期らしいのですが、これはまた別な話です(興味はありますが)。

日本人で最初にチョコレートを食べたのは誰か、を調べていたらありました。1987年(明治6年)、明治維新後に遣欧使節の岩倉具視一行フランスのリヨンでチョコレート工場を見学していますね(さらに古い1617年支倉常長の遣欧使節は、スペインでチョコレートを食べているらしいのですが)。
そこで食べたチョコレートの味はどんなものだったでしょうか。
チョコレートが日本でも製造されるようになっても、「泥を固めてた」「牛の血を固めた」などと言われていた時代(ハルコも知りませんよ)から、こんなにチョコレートが一般化して、尚かつ手作りまでする時代って凄いですね。

2012年2月13日月曜日

洗濯の干しの流儀

お手伝いハルコの仕事は料理ばかりではございません。
家事全般をやっております。その中でも洗濯は毎日の作業にまります。


昔から疑問に思っていたことがあります。
わが家は天気の良い時は、ベランダで洗濯ばさみの沢山付いている角形ハンガーを使って干しているのですが、たまにオクサマが干すと……。
靴下のゴム口を上にして干して欲しいのすが、つま先を上にして干されるのです。
どうも靴下の干し方にも正しいルールがあるようですね。つま先は下にして干すのがルールとか。ちなみにハルコは、ちゃんとつま先を下にしてます。靴下は履いている時と同じ状態で干すのが良いようです。

話はオクサマの干し方。
靴下のつま先を上に統一していればまだしも、つま先が上になったり下になったりと、バラバラ。おまけに角形ハンガーに平行に干さないで、斜めやら横断やら縦横無尽で、まるでアブストラクト芸術!
ハルコはAの血液型のせいか、きちんとシンメトリーにバランスよく干します。
まぁ、お互いに自分の欠点は見えないということですね。

しかし、毎日毎日洗濯ものを干していると、また妄想が……。
ある洗濯物同士の会話です。

「おや、オタク見かけない靴下はんですね?」

はい、昨日スーパー特売で三足480円で買われてきました。

「そりゃ難儀なこっちゃな。ここのご主人足はでかいわ臭いわで、靴下は2週間でボロボロや。すぐにおはらい箱やで」

そ、そんなに短い命なのですか?

「そうやな、おはらい箱の靴下はほれ、玄関に靴箱がおますやろう。あそこで最後に靴用の磨き布でお仕舞いや」

いややわ~~、と言って三足480円……いや正確には160円の靴下(ワンポイント付き)は風に飛ばされて、青空の彼方に……。

2012年2月10日金曜日

腹黒ハルコ 登場!


お手伝いハルコのまた従兄弟で「腹黒ハルコ」というのがおります。
何やら「○うセールス○○」に似ていなくもないですが、全く違います。
ハルコと同じで、さるオクサマにお仕えしているのです。
こちらが「白ハルコ」なら、向うは「黒ハルコ」なのでございます。

「お手伝いハルコ」は昔から、三角巾に割烹着がトレードマークですが、黒ハルコは真似をしてますが全身黒づくめです(かなり不気味)。
白ハルコがちょっと間抜けなキャラに対して、黒ハルコ「腹黒い」性格です。
いつも白ハルコは、黒ハルコにやられっぱなしです。

なんてストーリーを考えながら、キャラ作りしておます。
ハルコのキャラクタ-を使いたいと思う奇特な方がおりましたら、ご一報ください。

2012年2月9日木曜日

称号の付いた食べ物


ハルコがよく見ている資料に『食の366日話題事典』(西東秋男篇・東京堂出版)という本があります。
読んで字の如く1年366日(閏年も)、毎日何があったかが掲載されているのです。
その日が割と面白い日でハルコ的に興味があるならブログで書いてみようと思うのです(あまりないですが、今月2月6日は海苔の日でした)。

そこで、今日2月9日の項を見ると、“「男爵いも」を導入した川田龍吉、逝く”とありました。1951年2月9日に亡くなっているのですね。
父親は川田小一郎男爵で、爵位を継いで男爵になり、1906年に北海道の自営の農場に欧米から“アイリッシュ・コブラー”という品種のジャガイモを導入して、余生を北海道の農業の近代化に尽くし、「男爵いも」として後世に名を残したのです。

他に食べ物で称号がついたものはあるのかと、考えてみました。
真っ先に思い出すのは「サーロイン」ですね。牛の腰肉(ロイン)は滅多にお目にかかれませんが、話によると、イギリスのヘンリー8世が、食卓に出てきた腰肉が旨かったので貴族の“サー”の称号を与えて「サーロイン」となったとか。
もしこれが他の部位だったら、なんでお前だけが“サー”貰うんじゃ!と喧嘩になるやも。サーランプとか、サーフィレとかが。

そういえば、ジャガイモには「メークイーン」もありますね。メークイーンもイギリス原種で「May Queen」からで、元々女王様だったんですね。やはり北海道で大正期に品種改良されて広まりました。
その他サンドイッチ伯爵からの由来の「サンドイッチ」も有名ですね。

称号ではないですが、食べ物には人の名前が付いてるのも沢山ありますね。
思いつくまま上げると、シャリアピンステーキ、シャトーブリアン、サバラン、ロッシーニステーキ、ピッッアマルゲリータ、ビーフストロガノフ、シーザサラダ、ブラッディマリー、アレキサンダー、ナポレオン、マドレーヌ、トンポーロー、ハヤシライス……。これだけで一冊の本になりそうですね。
いつか、ハルコも料理名に……。

2012年2月8日水曜日

卵かけごはん

以前『日経おとなのOFF』誌上の、「幸福な朝食」をお取り寄せという企画で、ハルコは卵かけご飯専用の醤油を推薦したことがあります。それが他の媒体で再録されるというのを見て、再度美味しい卵かけご飯レシピをご紹介します。


これは以前、銀座「とよだ」料理長の岡本圭一さんの元で修行したものです。
卵かけご飯はシンプルゆえに奥深い世界ですね。
単にご飯の上に卵をかけるのではなく、一度加熱したレシピです。

まず、卵は常温にします。常温と言っても季節によって違うので、ご勘案ください。
鍋にお湯を沸かし、塩ひとつまみと酢(湯1ℓに対して30~50cc)を加えて沸騰させます。
別の器に割り入れた卵を、そっと(これが肝心)弱火にした鍋に入れます。
卵黄を包むように卵白を寄せます。ここは卵黄と卵白の凝固温度の違いを応用します。
お湯を沸騰させて弱火にすると、97℃に下がります。そこに卵を入れると卵白は80℃で凝固します。卵黄は70℃前後です。卵白で包むことにより、卵黄への熱伝導は遅くなるのです。
湯の中に入れ過ぎると固くなるので卵白が固まり始めたら、サッとレードルで掬います。ここで、余熱で卵黄に火を通すわけです。
この作業は余所見していたらダメです。鍋に付きっきりにしてください。
そして、布巾で余分な水分を切ったら、温かいご飯の上にのせて、お好みで塩や醤油をかけてください。
簡単すぎるレシピですが、本当にタイミングは難しいですね。


左/卵黄を包むように卵白を寄せる。
右/卵白が固まり始めたら、サッとレードルで掬う。

2012年2月7日火曜日

トリッパ好き

またまた、メッシタでした。ストレートに旨いものは旨いと思わせる技ですね。
素材も味も考えて食べるような料理は最近好まなくなったのは年のせいでしょうかね。
メッシタ「トリッパの唐揚げ」(写真)は普段内蔵料理が苦手だと思う方々でも美味しくいただけるのではないでしょうか。

さて、以前にも書きましたが、ハルコは「トリッパ」が好きなのです。フランス語では「tripe(トリップ)イタリア語で「trippa(トリッパ)牛の胃腸の総称で、第1胃、第2胃、第3胃、第4胃、腹膜、胃膜まで含みます。
その中でも有名な「カーン風トリツプ(Tripes à la Caen)をパリで食した時の絵日記を再録します。


カーン風トリップの古典的な調理法は、まず水に酢を加えて“ピェ・ド・ヴォー(処理した仔牛の脚とた調味液)”を浸してから、熱湯で茹でて刻んでおき、トリッパも下処理して茹でておきます。
これと人参、タマネギ、パンヌ(上質の脂肪・ラード等)に豚骨を大鍋に入れて、カトル・エビス(フランスの混合調味料で白胡椒、ナツメッグ、クローブ、ジンジャーの四つの薬味)に塩、胡椒、カルヴァドスに水を加えてオーブンで煮込む、という大変なルセットですね。
再録はパリの臓物料理店「ファラモン」です(1991年)。

2012年2月6日月曜日

海苔の日


今日2月6日は「海苔の日」です。
1967年(昭和42年)に全国海苔貝類漁業組合連合会が制定しました。

なぜ、この日かと言うと701年(大宝1年)大宝律令が制定施行された日だそうです(太陽暦換算)。海苔が「調(年貢)のひとつになったのです。
普段何気なく食べている海苔は「調」の中の藻類の中でも(紫菜・むらさきな)貴重なものでした。庶民の口には入らないくらい高価な、当時の高級食品だったのです。

庶民の口に入るようになるには、江戸時代の浅草海苔の登場からです。江戸初期では、海苔は精進料理に親しむ寺院を除けば一般的ではないですね。
寛永20年(1643年)『料理物語』には「浅草のり」という名前が見られますが、この当時は醤油ではなく、溜(たまり)で味付けされていたようです。
江戸名物になる「浅草海苔」は、亨保年間(1751年)頃に現在の乾海苔の原型「妙きのり」が発明以降ですね。多くの専門問屋出来て、全国へ浅草海苔が広まったのです。
こうして日本全国で海苔の採取加工が行われて、現在の海苔産地が形成されるようになったのです。

ハルコはかなりの海苔好きです。ご飯なら海苔だけで何杯もいただけます。
海苔むすびや海苔巻きも大好きですね。
極めつけはやはり「海苔弁」ですね。どか弁に海苔を何段にするか。醤油で染み込んだ海苔とご飯が何層ににもなっている姿を想像するだけで涎が止まりません(じゅる)。
明日海苔こさえよう!

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2012年2月4日土曜日

立春大吉に茶を喫する話

寒い冬が終わり新しい年の始まりです。ブログを始めて今回で丁度150回です。
と、書きつつ今年の寒波は本当に凄いですね。大雪も心配です。
新潟の別宅も相当雪が積もっていると思われますが……3月までは行けないし。


先日高輪の茶懐石「三友居」へ出かけました。ご存知ように「かいせき」には「懐石」「会席」の二つがあります。
前者は「茶の湯」に出される食事のことで「茶懐石」とも言いますね。良く知られている話は禅宗の修行僧が寒さを凌ぐために、懐に温めた石(温石・薬石)を入れたという所から出ております。
それに対して「会席料理」は、室町時代に武家社会の「式正しきじょう(正しいという意味)」の本膳料理を簡略化したものです。
「懐石」が茶が主体とすれば、「会席」は酒宴が主体で日本料理の源流になるわけです。
まぁ、この話を始めると長くなるの止めますね。

独立して自分の事務所で仕事をした頃の話です。
出版社から茶道のシリーズのムックのデザインの依頼が来ました。編集長と話していると、まぁ、専門用語(今だと一般常識ですが)が読めない、判らない事だらけの世界でした。
料理の「八寸」とか「強肴」とか「?」の連続で、さすがに編集長も「強肴(しいさかな)も読めない奴に仕事を出していいものか躊躇したと思います。
ハルコはそこで「一度懐石に連れて行って」と、お願いいたしました。
まぁ、非常に現在とは違い出版の世界も牧歌的な時代でしたね。
麹町にある懐石料理の店に連れて行ってもらったのですが、それが大変! 編集長以下担当編集者に全体監修の偉い先生までと大げさなことになりました。ハルコの教育が主目的なので、一々解説入りでした。
最初に、汁、飯、向付が出て来て、べちゃべちゃするご飯(その当時はそう思ったんです)を一口で食べて“おかわり”と言っては怒られて、「最初のご飯は今、あなたが来たので炊きたてですと、言う意味でおもてなしの心なんだ」と教えられました。
いや、今思うと。何も知らないという事は、面白いでことでしてねぇ。
その後ハルコ精進して、自ら「かんたん茶の湯家元。万に一(まんにひとつ)を名乗り、「座ったその場が茶懐石」と皆さんを困らせたのはまたの機会で。

●高輪 茶懐石「三友居」より

★ブログ150回
飽きっぽいハルコがブログ150回達成しました。自分で言うのもなんですが、休まず続けているのには感心します。
現在日曜を除いて週6回発信してましたが、来週から土日休みで週5回にいたします。
facebookは引き続き休みなく発信しております。
こちらからどうぞ。