2013年10月30日水曜日

救荒二物孝


このところ、岩手関連の食に関して色々と考えているのですが、その中の一つのテーマに“雑穀”があります。
雑穀というのは、米や大麦に対して「雑多な穀物」という意味らしいのです。
昔から冷害の多い地域なので、米や大麦が収穫出来ない替わりに、粟や稗などを食べていました。雑穀は、あまり豊かではない地域での貴重な食べ物だったのです。

同じ岩手県の水沢市の生まれに高野長英なる人物がおりますが、日本史の教科書で一度はお目にかかっていると思います。
えっ、そんな人知らないって? 困ったもんですね。
高野長英という人は医者で蘭学者であり、最期は世にいう「蛮社(ばんと)の獄」で死に至るのですが、今日10月30日が命日なのです。
長英が生きた時代に「天保の大飢饉」があり、天保4年(1833年)から7年続きました。特に関東・東北の惨状は目を覆うばかりでした。
長英は、この天保の凶作に際して庶民の窮乏を救うため、天保7(1836)年、医者ながら『勸農備荒 二物考』という本を著し、早生ソバと馬鈴薯(ジャガイモ)のふたつの栽培をすすめたのでした。
これが「救荒二物孝」なのですが、日本人はコメに慣れ親しんでいたせいかジャガイモはさほど普及せず、ジャガイモが注目されだしたのは明治半ば以降なのです。
長英さんは早過ぎたのですね。


今から13年前、編集者の友人と雑談していて、男性が好きな料理のランキングの第1位は「肉じゃが」だという話題になりました。
その時彼(北海道生まれ)は「オレ子どもの頃、一度も肉じゃが食べた事がない!」という話が出て、二人で相談しながら1冊の本が出来たのです。
『肉じゃがは謎がイッパイなのだ!』(小学館文庫)というタイトルで、肉じゃがはいつ、どこから出て来たのか?と、いうミステリーを読み解く手法で書かれた本です。
もう絶版になっていますが、1章ごとに二人で検証しながら作っていたのです。
肉じゃがはイギリスの海軍料理から、東郷平八郎が日本へ持ち帰り、戦後にNHKの『きょうの料理』の中で短い料理名になり、さらにフリードリッヒ大王が救荒作物として奨励した……。
どこかで、見つけたら読んでください。
著者の三木章こと川本敏郎も10月に天国へ召されて、何回目の秋を迎えたでしょうか。

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