2013年5月31日金曜日

じぇ じぇ じぇ! まめぶ汁

明日から6月。早いものですね。
月末なので経理やら雑用で事務所に早く出てました。
そんな時間でブログを書いてます。

毎朝、NHKの「あまちゃん」を楽しみに観ているのですが、今日はお座敷列車で「潮騒のメモリー」が聞けて良かったです。
お座敷列車の折り返し駅のホームで振る舞われていたのが、今日のテーマ「まめぶ汁」です。この番組で一躍全国区になりました。
最初は「まめぶ」を「ディジャブ」なんて取り違えたギャグがありましたね。


先週、このまめぶ汁を盛岡でいただいたのです。
本来「まめぶ汁」は、岩手県の九戸郡大野村や山形村に伝わっている料理で、結婚式や法事で振る舞われるものなのです。
汁もののジャンルですが、汁は少なく実だくさんなのです。
中心になる小麦団子は、小麦粉をぬるま湯でこね、くるみと黒砂糖を加えてから、親指の先ほどの大きさに丸めておきます。これが“まめぶ”です。
言い換えれば、まめぶ汁は「小麦団子と焼き豆腐入りのうま煮」(農文協『聞書き岩手の食事より)なのです。

塩味の汁や野菜を食べてからまめぶを口に入れると、くるみと黒砂糖の甘味に到達し「じぇじぇじぇ!」と、驚くわけです。

現在、まめぶ汁は人気で地元でも品薄らしいのですが、本来は家庭料理なので、それぞれの家庭で味が違うものなのです。
これで、お菓子を開発したら面白いかも。

さぁ、これから「いざ、鎌倉へ!」

2013年5月30日木曜日

ハルコ、そばっちと家出!?


今日は、朝から伊勢丹キッチンステージのセミナーやら打ち合わせで、昼ご飯も食べれずに事務所に戻ったかと思う間もなく、梅雨模様の空を見ながらまた外出。
暑い日もイヤですが、このはっきりしない天気もイヤですね。

だからという訳でもないのですが、今日のブログは短信でした。
明日は昼前から鎌倉へ行かねば。

※ブログのタイトルと本文はまったく関係ありません。

2013年5月29日水曜日

こんにゃく問答


八五郎さんてぇご仁が、田舎の村のこんにゃく屋で世話になり、村の空き寺の和尚になった所から始まるのが、落語の「こんにゃく問答」でございます。

この寺へ、永平寺の諸国行脚の雲水の僧が問答に参ったのです。
そして、こんにゃく屋のご主人六兵衛さんがにわか和尚になり、雲水と問答を始めるのですが、何を聞かれても黙ったままで、相手の僧は無言の行と勘違いしてしまい、両手の親指と人差し指で自分の胸の前に輪を作って前へ突き出しました。
すると和尚に扮した六兵衛さんへは両手で大きな輪を作って見せたのでございます。
相手の僧は「ははっ!」と平伏いたしました。

次に僧は、今度は10本の指を前に突き出し、六兵衛はそれを見ると5本の指をぐっと突き出した。またまた相手の僧は平伏するのでございます。

次に、僧は3本の指を立て前に突き出しますと、六兵衛さんは目の下に指を置き大きく「あかんべえ」をいたいました。すると相手の僧は恐れ入って平伏し、逃げるように立ち去ったのです。

帰りぎわに八五郎が、僧に問答はどっちが勝ったのか聞きますと、自分の負けと言ったのです。
何を聞いても黙っているので無言の行だとと悟り、「和尚の胸中は?」と問うと、「大海のごとし」という答え。
「十方世界は」と問えば、「五戒で保つ」との仰せ。
もう一問、「三尊の弥陀は?」と問えば、「目の下にあり」という答だというのです。
到底、愚僧の敵う相手ではないので、修行して出直してくると言い、逃げるように退散したのですが、こんにゃく屋の六兵衛さんは怒っていました。

こんにゃく屋の六兵衛さん曰く「今のは永平寺の僧なんかじゃない、ここいらをうろついている、ただの乞食坊主だ」と。
「俺がこんにゃく屋の親父だとわかったもんだから、おまえの所のこんにゃくはこれっぽっちだと小さい丸をこしらえて、手でケチをつけやがった。俺の所のこんにゃくは、こんなに大きいと手を広げてやると、今度は10丁でいくらかと値を聞いてきたので、
五百だって言ったら、しみったれ坊主が、三百に負けろっていうから、あかんべえをしたんだ」と言うのが「こんにゃく問答」で、ハルコはこの噺が大好きなのです。

本日は「こんにゃくの日」でございます。
お後はございませんが……。

「こんにゃくだけに、今夜喰う」

2013年5月28日火曜日

病は口より

「病は口より」は、お馴染み『養生訓』の貝原益軒先生のお言葉です。
「えっ、今さら何故?」とお思いでしょう。


ハルコ作、貝原益軒先生のイラスト。

この益軒先生の
「人生、日々に飲食せざり事なし。
常につつしみて、欲をこらえざれば、過ぎやすくして、病を生ず。
古人、禍は口よりいで、病は口より入るといえり。
口の出し入れ、常に慎むべし。」

を読むだに「はい、ごもっとも」と思うのですが、しかし人はなんと誘惑に弱く、しょうもない生き物なのだろうと思うハルコなのです。

貝原益軒先生は今から350年程前に活躍した学者ですが、享年84歳と、その当時としては長寿でした。
最近、色々な会食会のお誘いを受けるのですが、皆さん旺盛な食欲でお酒もたんと召し上がる方ばかりなので、将来の健康は大丈夫だろうかと心配になってしまうのです。余計なお世話ですよね。
と言うハルコも、今年になってから体重が高値安定で、下がる気配がありません。
また、益軒先生はどうも肉を目の敵にしていたせいか、
「肉も一品でよい。……肉は二種類重ねて食べてはいけない。」
うむ、焼肉屋に行ってカルビにロースにハラミなんか注文したら、益軒先生に大目玉を喰らいますね。

貝原益軒先生より少し後の杉田玄白先生も、『養生七不可』「飲と食とは度を過ごすべからず」とおっしゃっていますが、どうも守れないのが人間ですね。

やはり人生で美味しい物を楽しもうとすると、当然摂生が重要になる、と認識しております。ちょうど一ヶ月後に血液検査があるので、貝原益軒先生を見習ってちょっと頑張ろうかしらん。
まぁ、明日からですが。ダメじゃんハルコですね。

2013年5月27日月曜日

ハルコ盛岡じゃじゃ麺を食す

今日は朝から連続で打ち合せで、ブログを書くのが随分遅くなってしまいました。
さて、土日に盛岡まで出張しておりました。
この盛岡での仕事はまたの機会でご紹介いたします。


盛岡って麺文化圏なのですね。
まず盛岡駅に着くなり、“盛岡冷麺”の洗礼を受けて何軒かお店を廻り、イタリアンでは雲丹のパスタ。夜の〆には“じゃじゃ麺”、そして、ホテルの朝食には“わんこそば”も食べて、1日にして「盛岡三大麺」全制覇+パスタで大堪能しました。
実は盛岡でじゃじゃ麺を食べたのは初めてでした。まぁ、東京でもじゃじゃ麺はそんなにいただかないのですが。
遅い時間だったのですが、案内していただいた店は「香醤(コウジャン)で、混んでおりました。


盛岡のじゃじゃ麺は、戦前、旧満州(現在の中国東北部)に移住していた高階貫勝さんという方(後の「白龍」(パイロン)の初代主人)が、満州時代に味わった「炸醤麺(ジャージアンミエン)を元に、終戦後の盛岡で日本の食材を使って屋台を始めたのが最初だそうです。

じゃじゃ麺用の平たい独特の麺に、肉味噌と胡瓜と葱をかけ、好みに合わせてラー油やおろし生姜や大蒜をかけて食べます。
テーブルには生卵がおいてあり(最初は茹で卵かと思いました)、麺を食べ終わった後の器に(麺は少し残すように、と教育的指導を受けました)、卵を割り肉味噌を加え、茹で汁を注いでかき混ぜたスープを「鶏蛋湯(チータンタン)と言い、これを啜るのですが、これが旨いのです。
たっぷりお酒も飲んだ後には、ぴったりですね(太りますが)。

岩手出身のハルコですが、逆に郷土の食文化を知らないのだと感じました。
これから、ちょくちょく来て色々と食べよう、と思った1日でした。

2013年5月24日金曜日

腹持ちのする食べ物

朝起きて幸福だと思うのは、ちょっと大きな声で言うのも何ですが、“トイレでスッキリ”と、“空腹感”です。逆に、お腹が重くて膨満感の朝は最低ですね。
1年を通してどちらが多いのでしょうか。
ハルコは普段、晩ご飯は遅く不規則だし、暴飲暴食気味だし、半々くらいでしょうか。


しかし年に数回、どちらでも無い日があるのです。
膨満感も無く、かと言って空腹でもなく……何と言うのでしょうか、「平常心な胃袋」という感じです。
昨日はまさにそんな日でした。朝1杯の紅茶を飲んだきり、夜まで何も食べていなかったのですが、空腹にならないのです。
どうしてかと思ったのですが、閃いたのは「腹持ちのする食べ物」ではないかということです。

「腹持ちの良い」とは医学的には、摂取した食べ物の栄養分の吸収がゆっくりで、血液濃度に大きな変化のピークを作らないということです。

その腹持ちの良さは食物の種類により、その成分が同じであっても、摂取後の血糖値上昇に違いがあるのです。

また同じ素材でも、切り方や調理法で吸収速度が違ってくるのは経験でわかりますね。
丸ごとの素材をそのまま食べるよりは、細かく切ったり、すり潰す、あるいはそれをエッセンスにしたもの、汁ものやスープだと直ぐにお腹が好き、「腹持ちが悪い」となります。
言い換えると、「腹持ちの良い」というのは消化が悪いと言うことですが、胃にもたれるような消化の悪さではなく、腹持ちが良い上に、不快な状態ではないのです。
適度な組み合わせで、料理を作ったり食べたりすると、ダイエット効果もありますね。

普段から胃を酷使しているハルコも、たまには胃袋や肝臓を休ませてあげないといけませんね。


2013年5月23日木曜日

香味屋・メンチカツ

昨夜は、根岸の香味屋さん「メンチカツを食べる会」がありました。
ハルコは前の打ち合わせが長引き、思いっきり大遅刻(1時間半も)!
もう皆様、前菜から始まるコースの、メインのメンチカツがスタートしておりました。


出来立ての熱々のメンチカツを、最初からいただきましたが、ナイフで切ると肉汁が勢い良く飛び出すくらいジューシューで大変旨かったです。
そのメンチカツは「わんこそば」状態でお替わりし放題、とメンチカツ好きには天国のようなひと時でした。
ハルコもお替わりして、4個いただきましたが、短時間ではこれが限度でした。

ところがですよ。会に参加していた方(男性です)が、何と10個も召し上がっていたのです!
うむ、家庭で作る場合、牛肉50gで換算すると1個当たり270kcalですが、香味屋さんの牛肉はもう少しおごっているので、目測ですが290kcalはあるのではないでしょうか。
そうすると10個のメンチカツだけで、何と3000kcalくらいになる計算です。
他の物も食べ、アルコールも飲んでいるので、こりゃ1食で最盛期の小錦並みのカロリー摂取ですね。
いやはや凄いですね。
余談ですが、スポーツ選手で相撲取り以上にカロリーを消費するのは、シンクロナイズドスイミングの選手で、小谷実可子さんは1日に7000kcalを摂取していたそうです。だから、水泳はカロリー消費運動に適しているのですね。

さて、そのメンチカツですが、これは日本オリジナルの洋食です。
明治時代に、浅草の洋食店が「ミンス・ミート・カツレツ(minced meat cutlet)として販売したのが起源とされてようでうです。
なぜミンスがメンチに変わったのかは、あまりよく判ってないようです。
俗説としては「ミンス・ミート・カツレツ」は mince(挽き肉) meat(肉) cutlet(フランス語のcotelette〈コートレット〉が語源)を合成した和製英語とされていて、その内に「ミンス・ミート・カツレツ」がどこかで短縮され「ミンス」が「メンチ」に変じて、「メンチカツ」となった、という説が一般に広まったと言われていますが、どうなんでしょうかね。

そして、東京から関西に伝わった料理とされており、昭和初期に兵庫県神戸市の純神戸肉三ッ輪屋精肉店(明治34年創業)の二代目が、東京の洋食店の「メンチボール」(ミートボール)をヒントに考案した際に、mince(挽き肉)の事をミンチ肉(ミンチ)と呼ぶことから、ミンチで作るカツがそのまま「ミンチカツ」と呼ばれるようになり、これがメンチカツの語源だという説もあるのです。

ここまで、いくと、ハルコの大好物の「コロッケそば」の起源と言われている銀座の「吉田屋」のコロッケそばまで話が広がってしまうので、またの機会に。