2012年8月13日月曜日

オクサマの誕生日

よく朝の情報番組を観ていると、下のテロップに「今日生まれの人」なんてのがよくありますね。
ちなみに8月13日生まれは、緒方洪庵、ヒッチコック、古川緑波なんて人から林家パー子さんまでおりました。

そうです、8月13日はオクサマの誕生日なのです。
8月のお盆や夏休みには河岸が休みになるので、中々料理屋さんは食材の確保が難しいようですね。
この5年間のスケジュールノート(外食記録)の8月13日を見てみると、「'07フレンチ、'08イタリアン、'09不明(自分で書いた字が読めないが、どこかに食事には行っている)、'10日本料理、'11中国料理」と、ジャンルに偏りはありません。

昨年のオクサマの誕生日は、新潟のオークラで中国料理でしたが、今日は早朝新潟から東京に帰ってきて何も考えておりません(困った!)。
と思う反面、わが家でオクサマと晩ご飯を一緒に食べる割合は年間を通しても300日以上です。
そう考えると、毎日お誕生日しているような気もします(人はこれは仲が良いと思うかもしれませんが、ハルコはオクサマのお供でございかすから、ご相伴にあずかると言っております)。

さぁ、今夜はどうしようか!(写真は一昨年の神楽坂「蓮」で、現「白虎」の小泉料理長がオクサマのためにケーキを出して下さったものです)

2012年8月8日水曜日

ハルコブログ。1周年だ!


今日8月8日ハルコがブログを始めて1年経ちました
早いもの、というより飽きっぽいハルコが1年の間ブログを続けていた事が自分でも驚きです。エライぞハルコ(自画自賛!)!

ハルコブログは今日で278回、まぁ途中旅行中で「居留守通信」などでお茶を濁していたこともありますが。
最初の頃は、ブログと言っても1回1200字相当が7回連続したり、まるで論文のような内容のもありましした。
元々はオクサマに「ハルコ、ブログでもやりなさい」と命じられてイヤイヤ始めたものです。
毎回オクサマから「つまんない! 長すぎる、誤字脱字が多い」と、お小言を言われながら書いておりました。

誰も読んでいないだろうと思いつつ書いていたのですが、切りの良い回数の時にメールで感想を言ってくださる方々がおりました。
その中でも、ウィーンに在住のコーディネーターのノリピーさんからは、今回も1周年の祝いのメールを頂戴いたしました。ノリピーさま、いつも拙いブログをご愛読ありがとうございます。
遅れて昨年の9月からはfacebookも併用して、ブログもFBと連動して大分ハルコブログを読んでくださる方も増えているようです。

ある意味でブログは備忘録、日記の代用ですが、公開されることを前提としています。
2年目に入りますが、これからも「日々是ハルコ哉。」を書き続けます。
今後とも皆々様におかれましてはご贔屓のほどよろしく、御奉ります(ちょい歌舞伎の口上風)。
最後にこのハルコブログを通常業務の間に、ハルコのイラストを描いたり、誤字脱字の修正や写真のデータ調整をしているハルコスタッフの峯岸嬢に感謝します。
これからもカワイイハルコとカワイクない黒ハルコを作ってください。

明日から、ちょい短い夏休みで新潟のダーチャに参ります。
ブログも夏休みですがFBは連日発信いたします。
ハルコのfacebook

2012年8月7日火曜日

嫌いな食べ物……カミングアウト


一度、自分の好き・嫌いな食べ物(あくまで個人的ですが)のランキングを作りたいと考えておりました。

確実に嫌いな食べ物と、苦手な食べ物の間には相当の違いがあります。
基本的に「食わず嫌い」ではなく、相当努力をして“ダメなものはダメ!”という姿勢です。
小さい頃から親や先生達に、「好き嫌いはダメ!」「食料難でご飯を食べられない子ども達もいるんだから!」「好き嫌いすると大きくなれないよ!」「好きな物ばかり食べないように」……。
普通の子供なら山ほど聞かされたことでしょう。中にはまったく好き嫌いのない子もいましたが。

諺に「空腹は最大の調味料」というのがありあますが、いくら空腹でも嫌いな食べ物は嫌いなのです。
料理屋さんに行くと必ず「召し上がれない素材はありますか?」といったことはよく聞かれると思います。これが、食物アレルギーなどの症状を持っている人にとっては、大変な問題です。
そうするとハルコは「はい、ジュンサイとホタルイカ」に続けて「不味いもの」と答えます(嫌みですね)。
時々「ホタルイカ」と言って、ジュンサイを忘れてしまう時があり、料理にジュンサイが出てきたことがありました。その店はよもやジュンサイなど絶対に無いと思った店で、まったく油断も隙もあったもんじゃないですね。

ジュンサイ好きな人には申し訳ありませんが、嫌いです。
ところがオクサマはジュンサイ好きなので、突出しにジュンサイが出てくればハルコの分まで食べてもらいます。
ジュンサイの季節になると、どうしてもどこでも提供されますが、ハルコのジュンサイ嫌いを知っている店では、別な素材を出してもらっております(すみませんね)。

しかし、ジュンサイやホタルイカは、我慢すれば食べられるのですが、絶対に食べることの出来ない(食べたくない)ものがあります。
カミングアウトします。

“さし(脂肪交雑)”のたっぷり入った牛肉!

以前さしのたっぷり入った牛肉を食べ過ぎて、大変な目に合いました。それが夢の中にまで出て来て、目が覚めると気持ち悪くなってしまうくらいダメなのです。
それを生やレアで食べることを想像するだけで発狂しそうです。
さて、この話は真実か否か……。

2012年8月6日月曜日

考えてもいなかった!

今週は夏休みモードのせいか(通学の子達がいないので)、事務所へ向かう地下鉄も少し空いているような気がします。
地下鉄の中で突然「考えてもいなかった!」と、いう言葉が頭に浮かんできました。


「考えてもいなかった!」は、昨年の震災以来よく耳にする「想定外」とは違います。
世界いや宇宙を取り巻く森羅万象のことです。
子供の頃に初めて「宇宙の果て」を考えたら、怖くなって夜眠れなくなりました。
 長じて学研の図鑑の編集とデザインを手がけ、監修の東大の偉い先生に話を聞き、宇宙の果ての構造を図解しようとしましたが、力及ばず出来ませんでした。
やはり、夜は寝られませんでした。

「考えてもいなかった」は、自分の廻りを取り巻く現象、事象を中心にしたことですが、それはテレビやネットの延長線にもあります。
日々いろいろな出来事に遭遇した時に、人間は自分の過去のファイル中に、同じ様なことがあればそこに追加し、全然知らないことがあれば新しいファイルを作る作業をしています。それは、知識として知るということに、さらに理解することを加えてファイル化します。
さて、その「考えてもいなかった!」ことを考えるというのは、何だか形而上学的で判りにくい話ですが、意識のさら下にある、無意識の領域を呼び覚ます想像力だと思っております。
その部分は人間にとっての両刃の剣のような世界で、「考えてもいなかった!」の背半には「考えたくない!」というベクトルが働いています。
足の下の蟻は簡単に踏みつぶせますが、下に蟻の世界があることを考えていれば、踏みつぶせない、と思うのですが。

今日は67回目の「広島原爆の日」です。

2012年8月3日金曜日

みをつくし料理帖時代劇ドラマ


高田郁さんの人気時代劇小説「みをつくし料理帖」シリーズをブログに取り上げるのも3回目です。今まで、第1作の『八朔の雪』から『花散らしの雨』『想い雲』『今朝の春』『小夜しぐれ』『心星ひとつ』が刊行されており、最新刊の『夏天の虹』で7冊目。年2回の発行が著者が次回は1回休みと、今年はこの1冊しか読めないのらしいです。殺生ですね。

「つるや」の料理人・澪が人間としても料理人としても、成長していく過程を読んでいるだけでも面白いのですが、徳川11代将軍家斉の時代の町人文化の爛熟と、現在にまで繋がる食文化というの視点でも楽しめます。

ハルコはかなりの時代小説マニアで、毎月(ほぼ文庫本ですが)20数冊は読んでおります。その中でも時代小説に料理を持ち込んだジャンルは相当増えています。
和田はつ子『料理人季蔵捕物控』(角川春樹事務所)、小早川涼『庖丁人侍事件帖』(学研パブリッシング)、倉阪鬼一郎『小料理のどか屋人情帖』などシリーズ化されています。

その「みをつくし料理帖」が、9月にテレ朝系列でテレビ時代劇に登場なのです。
配役は主人公の澪に北川景子、謎の浪人(実は将軍の料理番)にTOKIOの松岡昌宏松岡は料理人としても定評があり、「高校生レストラン」の元料理人にして教師役も勤めていたので、第二の梅宮辰夫か!? と言う感じですが、北川景子は小説の主人公の八の字眉のイメージからは遠いのですが、どうなんでしょうかね。

時代劇で料理が一番面白かったのは、やはり池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズで、沼田莫の調理シーンや、五鉄での食事シーンを楽しみにしてました。
「みをつくし料理帖」のドラマもシリーズ化したらいいなあと、放映を楽しみにしています。

2012年8月2日木曜日

母のポテサラ

8月2日は母の命日です。
今から40年前の暑い日でした。
上京した初めての夏休みだったのに、帰らないと言って母を悲しませていたようです。

朝に下宿先に電話をもらい、まだ東北新幹線の無い時代で、10時間くらいかかる列車に、夏休みゆえに席が取れずに立って帰りました。
まだ携帯も無い時代で、自宅に辿り着くまで母の死を知らなかったのです。

母は突然病気で手術中に亡くなり、家の中は普段のままでした。
母がいないことを除けば。

夜に6歳下の妹と、冷蔵庫に入っていた母が最後に作ったポテサラを二人で泣きながら分けて食べました。

もう二度と味わうことのない母の味を。

2012年8月1日水曜日

世田谷バル

昨日は暑い最中に、ハルコが編集長をしている三越の「お帳場通信」の会議に出ておりました。
いよいよ、この媒体ともこれが最後の仕事になりますが、外が33℃なろうとしているのに、冬号なので年末のクリスマスや来年の正月の話をしているのは何だか違和感がありますね。
しかし実際に、雑誌にしても数ヶ月後に読者に見ていただくために、相当前倒しで仕事をするのでいつもながら大変です。
夏の撮影に冬場の素材を捜すのは、まるで落語の「千両蜜柑」の世界ですね。
昨日も来年の干支はヘビだけど、あまりヘビを意匠にした干支グッズは売れないけれど、ヘビ皮の財布はどうさ!みたいな会話でした。
内容は三越の打合せですが、実は新宿の伊勢丹の方での会議でした。事業統合したからこんなことが出来るのすね。

さて、今度は新宿伊勢丹・キッチンステージですが、今日から世田谷バルのメニュー展開です。
キッチンステージで食事をされたお客様にレシピを持って帰っていただき、ご自宅で料理を作っていただくためのツールをハルコが編集しています。
この写真は、6月14日に世田谷バル「ISETAN STYLE」の撮影にも立会した時(外で3時間待って、中で1時間立ちっぱなし!)のものです。
どこかにハルコがいますよ! ハルコを探せ!
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