2013年7月31日水曜日

茶化す

今日で、もう7月末です。
零細事務所の月末は毎度大変です。
朝からバタバタ、ジタバタしていると既に午後。打ち合せの人も来るので、今日はランチすら行けません。
こんな生活がず~っと続いている、毎日当たり前になっていることを「日常茶飯事」と言いますね。
そう考えて、「茶」を使った言葉や文字は多いのだな、と気が付きました。


滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なんて言葉もあります。
なぜここで「茶」が使われるのでしょうか。
元々、茶文化は禅宗の僧侶が始めたもので、茶を嗜むのは「気持ちを落ち着けて禅の修行に励む」ということで後の「茶の湯」に繋がり、日本人の生活に影響を及ぼしました。
そこから、規則から外れる生活を「無茶」と言い、「無茶苦茶な」生活が生まれたのです。
「じゃ、お茶を飲んでいれば良いのか?」とは、突っ込まないように。

茶番(ちゃばん)と言うと、「ちゃんちゃらおかしい、茶番だ!」なんて使い方をしますよね。
この「茶番」は元々、最初に出したお茶が一番茶、二番茶、三番茶……と段々葉が固くなって「番茶」になり、順番から連想して「茶番」になったのです。
今では高級な番茶もたくさんありますが、番茶の地位は粗茶で下等なものだったのです。
番茶自体は「番茶狂言」の略されたもので、茶を点てる番に当たった者は単に茶を点てるばかりではなく、茶を出す時に色々な芸をして興を添えていたのです。
まぁ、本格的な芸ではなくレベルの低い芸ですね。
だから「茶番」なのです。
あぁ、まだまだ茶に関しての日常語はたくさんありますね。

今日はこの辺でブログを茶化してお仕舞いです。

2013年7月30日火曜日

(し)と(ひ)


江戸っ子でもないのに、ハルコは(し)と(ひ)の区別が不明確です。
本当に困ったことで、日常生活でも不自由しているのです。

まず話し言葉ですが、ゆっくり注意して話せば(し)と(ひ)の言い違いは出来るのですが、無意識に言うとダメなのです。
最悪は自分の名前です。
(ハルコ)(ハルコ)になってしまうと、自分の名前が言えないの?と、笑われてしまいます。
だから、(ハルコ)から(ヒ)を除く「ハルコ」は都合が良いのです。

仕事で良く使う言葉も困りものです。
「この表紙のデザインは」が相手には「ょうし、ょう」と区別がつかずに「?」となるので、「このカバーデザインは」と言い換えています。
そして、それに合わせて文字も混乱するのです。
「消費者のーー」を「焼死者のーー」と転換してしまうことは毎度です。

この(し)と(ひ)の区別が付かない、ということに気づかされたのは高校生の頃で、東京から転校して来たMくんが「変だよ」と指摘してくれたのです。
彼とは親友になり、わざわざ(し)と(ひ)の矯正文言を作ってくれたのです。

「ある日、一人のお百姓さんが、百円、拾って、
 市役所に届けて、朝日新聞の紙面に載りました」

未だに克服出来ておりません。

2013年7月29日月曜日

ネタの無い日


午前中からメールや電話にスタッフとの細かい打ち合わせと、ブログを書く時間がなかったのです。

ところが、いざ書こうとしたら書きたい物がない!
いつもこの日は何の日かと参考にしている本では、「古川緑波、申し分のないご馳走に感激」というのがありましたが、緑波は大好きで何度もブログに書いているので、これは書きたくない!

思えば超短い休みを取って、先週月曜日に新潟のダーチャから東京へ戻ってから、毎日慌ただしい日々でした。
また、今日のように朝から鬱陶しい雨だと外出するのも面倒で、事務所のデスクにへばり付いていてばかりでは気が滅入りますね。
今日の「星占い」イメージトレーニングが成功の秘訣だとか。
一体何をイメージトレーニングすれば良いのでしょうか。

昔、お手伝いハルコを名乗り始めた頃は、朝ご飯の用意のために目が覚めてもしばらくはベッドの中で朝食を作るイメトレをして、それが頭に入った瞬間に起きたのです。
もしかしたら今週はオクサマが不在だったゆえに、「ネタ」が不足していたのかもしれませんね。
でも、居れば居たでこうるさい!
あっ、いかん! オクサマの小言を聞くハルコのイメトレをしてしまいました。

2013年7月26日金曜日

哀しや、ラストオーダー!

昨夜はキッチンステージの打ち合わせで、「近茶流嗣家」柳原尚之さんの料理教室へ行きましたが、これが存外時間が掛かってしまいました。メンバーの一部と、ビールでも飲もうと赤坂の周辺を捜したのですが、時間は10時半近く。
その上、遠くへ帰る人もいるので適当な居酒屋へ入ったのです。


お店は満席でしたが、店長さんに「ラストオーダー過ぎているのですが、飲み物だけでも良いですか?」と聞かれ、こちらも皆の時間も無いので承知して、まず生ビール。
お通しを少し摘みながらビールを飲み干し、ハイボールを追加していたら「お飲み物もラストオーダーになります」
まぁ、たまにこんなこともありますよ。

それにしても、お通しがこんなに貴重に感じられたことは、近年なかったなぁ。
※今日は超忙しい! これからキッチンステージで、野崎さんの試食会へ行かねば。

2013年7月25日木曜日

あぁ、かき氷

昨年の猛夏の最中にわが家のクーラーが壊れて、大変な目に遭いました。
寝室は大丈夫だったのですが、壊れたのがリビングのクーラーだったので、暑いのなんのって!
夜中に涼を取るために、随分「ガリガリ君」を食べました。さすがに3本立て続に食べればだとひんやりしますが、お腹が……。


先日、「暑さ対策で何が有効か」という情報番組を見ていたのですが、そのひとつに“かき氷”を急いで食べるとどうなるか?というのがありました。
結論から言うと、かき氷を急いで食べると体温が上がるのです。
体の中に冷たい物が急速に入ると防御反応が起きて、抵抗しようと逆に体温を上昇させるのだそうです。

それと、かき氷を急いで食べると頭がキーンと痛くなりますよね。
これはよく知られていると思いますが、二つの説があるのです。
一つは「神経に間違った情報が伝わり、通常は冷たさの刺激は三叉神経などの神経を通じて脳に伝わるのですが、かき氷を急に食べると刺激が強すぎて、神経の中継局のところで、情報が混線を起こす」というものです。
これはどういう事かと言うと、本来は冷たいものを食べると“口が冷たい”という情報だけが脳に伝わるのですが、非常に刺激が強いと、冷たさを伝える神経だけでなく、痛みを伝える神経も刺激されてしまうのです。
しかも、痛いのは口ではなくおでこの裏あたりという風に、場所まで違った情報が脳に伝わってしまう、という説なのです。

もう一つは、「頭の血管に実際に痛みが起こるから」という説で、冷たさの強い刺激が引き金になって、頭の血管に一時的に軽い炎症が起こることがあるのです。
炎症が起こるまでには時間がかかるため、食べてから数十秒くらい経ってから痛みを感じる場合は、炎症説の方が説明しやすいのですが、どちらにしても頭の痛くなる原因は、間違った情報と血管の炎症が同時に起きることによるようです。

それにしても、本当に頭が痛くなると苦しいですね。
冷房の効いた室内でかき氷を食べるよりも暑い外で食べる方が美味しいですよね。
というわけで、今日は「かき氷の日」でした。

2013年7月24日水曜日

地方発信型レストラン……2


フランス、ブルゴーニュ地方のサンペールのMARC MENEAU

オーベルジュ型レストランの続きです。
新潟にセカンドハウスが出来て4年になりますが、どうもこの辺りにはあまり真っ当な料理店がありませんでした。
昨年イタリア料理店がオープンし、地元の食材を活用したなかなかの料理を提供してくれるので、ちょくちょく利用しております。
ただ、ここは純粋のレストランで宿泊施設はないのですが。

以前、佐賀県の有田まで仕事で頻繁に出かけていた事がありました。
5月の有田陶器市は、延べ100万人もの観光客が訪れるのですが、普段は静かな焼物の古里なのです。
ある時に、「どうして食器は売るくらいあっても、食事する場所は少ないのですか?」と、質問しました。
話を聞いてると、どうしても人は近隣の温泉のある地域に向かうようで、有田は滞在する場所ではないとのこと。
その時に、この場所に滞在出来るレストランがあったら良いのになぁ、と皆さんに話しました。
リタイアした複数の料理人を雇用して、各窯元さんから食器などを提供してもらって、料理と食器のコラボで、地元産の食材を使うオーベルジュを作る。

この時は話半分以下で終わりましたが、これからの地方の農業、漁業、酪農を活性化させる一番の有効的な手段は、このオーベルジュにあるのでは?と、この所考えているのです。
生産の現場に一番近い所で、地場ものを良く理解している料理人が作る。
これは、地元の方々よりも遠方からのお客さんを引っ張ってくる。
それも、一番良いのはイタリア料理店だと思うのです。
地元の産物を使った郷土料理店は、元々の伝統的な視点での料理なので、違う観点から新たに料理を作るのなら、本国イタリアでの地方料理に近い形で出来るのではないでしょうか。

現在、ハルコは岩手県の食のアドバイザーに就任しましたが、岩手県でこの発信型のレストラン提案が可能ではないかと考えている所なのです。

2013年7月23日火曜日

地方発進化型レストラン……1

30代の頃はフランス・イタリアを中心に、随分レストランを食べ歩きしていた時期がありました。
これが大きな街で、ホテルや宿泊施設がある場所なら良いのですが、地方の本当の田舎に行くと目的のレストランしかなく、宿泊する場所の確保も大変でした。
そんな中で、レストランと簡易宿泊施設が一体化したのが「オーベルジュ」なのです。


フランスのモンロン レ バンのLA POULARDE

その中でもドイツの国境に近い「オーベルジュ ドリール」は、その当時はオーベルジュという名前は付いていましたが宿泊施設がまだ無く、近くのモーテルに泊まりました。
思えばマルク・ムノー、ロアゾー、ブラス……とオーベルジュを廻りましたが、そこに行くだけで往復2日、というような場所でした。
オーベルジュの良い所は、いくら酔っていても帰りの心配がないということで、ついつい飲み過ぎてしまいますね。

一度大晦日に、フランスの中部のモンロン レ バンという小さな村のオーベルジュ「プーラールド」へ宿泊しました。現地の方々と一緒にワインを飲み過ぎてへろへろでしたが、階段を上がると部屋なので安心なこともあり、元日は立派な二日酔いでした。
日本でも勝又登さんが「オーベルジュ オー・ミラドー」を作ったのが先駆けで、四半世紀の歴史があるのです。

オーベルジュとはちょっと違いますが、農家に泊まり、そこで農業体験をしながらその地の食材を使った料理を食べるのも、イタリアでは“アグリツーリズモ”として有名ですが、これは日本の民宿とは違うものですね。

地方の食材と、レストランに宿泊出来る設備というのが、これからの地方発信型レストランの方向と、地域の活性化に繋がると考えているハルコなのです。
(続く)