2012年12月28日金曜日

神戸短信……3

今朝の神戸は昨日と違い、天気がよくありません。
だんだん雨になるよし。


昨日は撮影後に、カメラマンさんらと遅い時間(また、ラストオーダ)に、元町で中華。
久しぶりに車海老の老酒蒸しをいだだきました。
いや、本当にヘトヘトです。
今日も残りの撮影ですが、戻って年内の雑用をこなすために、午後には東京へ戻ります。今日は松前屋の社長も来るのに、残念ですが。
年明けに大阪で取材します。

ハルコのブログは年内は本日で終了です。
皆様年末年始は楽しく過ごせますように。
よいお年を。

ハルコ
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2012年12月27日木曜日

神戸短信……2

昨日も朝から夜まで、終日スタジオで撮影立会。
せっかく久しぶりに神戸に来たのに、ホテルとキッチンスタジオのある地下鉄だけの移動です。

昆布を中心にしたスープ本の企画で、ハルコも顧問をしている大阪の松前屋さんからも編集協力していだだいております。
初日はだしや料理の素材撮影で、予定より多くの時間がかかってしまい、料理自体の撮影は夜にずれ込んでしましました。
でも、いくつか調理の撮影をしているうちに、「これはいい!(ちょっと、孤独のグルメの重松清風ナレーション)」と、心が高揚してくるのです。
あぁ、やはり撮影の現場は面白いですね。

長年、撮影には数え切れないくらい立ち会っておりますが、現場の雰囲気はいつも好きです(じゃないのもありますが)。
料理人が料理を作り、スタイリストさんが器を選び、カメラマンがシャッターを押し、編集者やアートディレクターが画面(昔はポラでしたね)を確認して進行する。
きっと良い本になるはず。あとはいかに売れるか、売るかということを考えねば!

撮影は次の日も続くので、切りの良い所で終了してホテルに戻り、ラストオーダーギリギリの鮨店で晩ご飯。なぜ今日は街場ではなくホテルにしたのかというと、この鮨店は年内に閉店との情報ゆえ。
明石の本店がある鮨店でしたが、瞠目しました。
普段から馴染みのある“江戸前”ではない、ひとつの鮨の味は新鮮で目ウロコでした。
いや、鮨はまだまだ面白いぞ(あぁ、また孤独のグルメのナレーションになった)。

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2012年12月26日水曜日

神戸短信……1


ホテルから見た神戸の朝

クリスマスの晩に神戸です。
3年ぶりの神戸ですが、クリスマスは初めてでした。
ホテルにチェックインして、三宮に晩ご飯を食べに行く途中で、サンタ帽を被ったオネエサンがたくさん客引きをしていました(ハルコどこ歩いているんだ?)。
 遅い時間だったので、ラストオーダーが遅めの店を選んで晩ご飯。
「鶴屋」という肉専門店へ。さすがに神戸の肉は旨し。

今回の神戸は、来春発刊する料理本の撮影のために来ております。
年来の友人のスタジオで、今日から3日間お籠りです。

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2012年12月25日火曜日

1979 ジャパン・アズ・ナンバー・ワンのクリスマス


33年前に『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』(エズラ・ヴォーゲル著)が出版されて、一大ベストセラーになったことがありました。
昨日の朝日新聞を読んでいたらこの『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』を、二人の識者が両論を取り上げている記事が目に入りました。

1979年は第2次オイルショックがあり、イラン革命、イギリスでサッチャー首相が誕生し、韓国では朴正煕前大統領が暗殺され、ソ連はアフガンに進行する……と結構派手な年ですね。
また、この年は歌謡曲の黄金期のようで、数々の大ヒットが生まれています。まだ、人々が歌を共有出来ていた時代ですね。
「魅せられて」も「北国の春」も「いとしのエリー」も「おもいで酒」「関白宣言」「セクシャルバイオレットNO.1」「YOUNG MAN」「舟唄」「愛の水中花」「異邦人」「燃えろいい女」「窓」「虹とスニーカーの頃」「カサブランカ・ダンディー」……。書ききれませんね。ハルコがカラオケで歌える歌ばかりです(それに引き換えきょう日の歌は……)。
この年にソニーから“ウォークマン”が発売になりました。と言っても、もうウォークマンでカセットテープを聞いていたなんて知らない世代も……。

団塊の世代は、33年前には32~35歳と社会の中心を担う年齢に達して、まさにその後のバブルの準備期間に『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』が出版されたのです。
何だかわけも無く、「日本って凄いんだ!」と皆が思っていた時代ですね。
その団塊の世代が33年を経て、経済を担うボリューム層が定年を迎えてから、社会が停滞した時代に入ってしましまいました。
日々の仕事ではいかに、この厚い層に向けて消費の活性化を試みる事を考えていますが、中々難しいのが実情です。

2012年のクリスマスにハルコは33年前のベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』の時代を振返ってました。
もう、その頃には戻る術はありませんが、来年こそは良くなる事を祈るばかりです。
明日から神戸へ出張で、年内のブログは短信のみをお送りします。
よいお年を!
ハルコ

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2012年12月21日金曜日

コレステロール値が3倍だ!

今朝は、今年最後の日赤での定期検診の日でした。
早朝8時から血液検査をして、9時から主治医の先生の問診です。
一応前日は酒も飲まずにおとなしくしていますが、さすがに一晩飲まないくらいじゃ
数値は下がりませんね。
17年前に救急車で日赤に運ばれてから、数えると定期的な検診通院は有に三桁を越してますね。
毎日、朝晩決められた薬を飲んでいますが、本当は食生活をキチンと見直す必要があります。しかし、運動でウォーキングしている途中に、とりすき屋さんでたらふく食べてお酒を飲んでいるようじゃダメですね。


「一病息災」という言葉がありますが、字句通り「ひとつ位病気があるくらいが、健康に気をつける」と言った意味でしょう。
また、“息災”は“仏の力で衆生に降りかかる災難から逃れる”という仏教用語でもあるのです。
まぁ、検査の結果は相も変わらず、ハルコの“H"が沢山付くハイレベルでした。ふぅ~~。
ちなみに“H"が付いたのは、
γーGTP:上限の2倍(当然酒の飲み過ぎ)
K(カリウム):ちょい上限越し、
LDL-C(悪玉コレステロール):これも、ちょい高
総コレステロール:上限から38ポイント上
血糖:前回はセーフでしたが、今回は上がっている
そして、TG(中性脂肪)が400で上限から246ポイントも上!
平均値から見ると3倍!
しかし、現時点では薬で「痛風」も押さえ込み、昼から“ビールクズ”をしているダメハルコですが、もう少し考えねばと思うのです。

これは「喰い改める」必要大ですね。
酒の飲み過ぎ、食べ過ぎ、脂肪の多い食事、高カロリーの摂取…… 
そして、運動不足!

それに、一番いけないのは“ストレス”だと思うのですが、こればっかりはね。
なんせ、オクサマの前だと緊張して……。
えっ、本当かって? いや、ジョークですよ(たぶん)。ホホホ。

2012年12月20日木曜日

月イチ鮨「はしぐち」

いよいよ今年もあと10日ちょっととなりました。
いや、早いものですね。
今年も色々な料理に出会い、楽しみました。例年ならハルコ今年の通った店ランキングをブログで書くのですが、どうも今年は書いても面白くないようです。
何故なら、今年はかなりばらけているのです。ばらけるというのは、初めての店が多いかったからなのです。

昨夜も行きましたが、行くたびに次回の予約をしている鮨の「はしぐち」は、月イチで通っているので、今年は年12回制覇(たぶん)しました。
最近「はしぐち」に行くたびに、中国系のお客さんが必ずいます。
橋口さんに話を聞くと、どうも中国人の口コミで、日本に行って鮨を食べるなら「はしぐち」で、と流行ってるらしいのです。
昨夜は3人の中国人兄弟でしたが、本当は4人兄弟だそうで、皆顔が香港映画のホイ兄弟そっくりで笑ってしまいました。
鮨はすでにインターナショナルな料理になっているので、判りやすいかもしれませんが、海外に行くと「これって鮨!?」と思うものに出会い、びっくりしますね。

ちょっと意地悪ですが、他のお客さんが頼んでいるのを観察するのも、鮨の楽しみのひとつです。
普段「はしぐち」には19時の予約で、だいたい21時くらいには食べ終わって、橋口さんとよしなごとを話していると、遅いお客さんが入ってきました。
どうも、初めての方のよでうでした。
そう言えば、紀尾井町に「はしぐち」があった頃、初めて行った時のことを思い出しました。
「おまかせするので、どんどん握ってください」とハルコが言うと、「お客様の好みが判らないので、言っていただいた方がいいのですが」と言われ、昨夜もその話をすると、橋口さんは「そんな失礼なこと言いましたか?」

初めて「はしぐち」に来た若い(たぶん)カップルは、つまみで少し切っていただき、握りになりましたが、カウンターの上の小さな籠に入っている布巾を見て「これで、手を拭くのですか?」と聞いていました。
ツッコミたくなりましたが、がまん、がまん。

1月の予約もして、「はしぐち」がまた、来年の生活の区切り、句読点になります。
鮨も今年の食べ納めでしょうね。

2012年12月19日水曜日

シュークリーム

今日は、神保町でお世話になった事務所へ、お土産に柏水堂のシュークリームを持って行きました。
何でも毎月19日は「シュークリームの日」だとか。
“じゅーく”が“シューク”でシュークリーム、としたらしいですね。
個人的な感想ですが(えっ、ハルコのは全部そうだろうって?)、有名パティシェさんがお作りになった複雑なスィーツよりも、ハルコはシンプルなシュークリームが好きなんです。シンプルなシュー生地とクリームは、あんぱんや大福もちに繋がる共通点がありますね(えっ、全然違うだろ!って)。

フランス語では“シュー・ア・ラ・クレーム”、英語では“クリーム・パフ”と言われるこのシュークリームの起源は定かではないのですが、1533年にイタリアのメディチ家のカトリーヌが、フランスのオルレアン公(後のアンリ2世)に輿入れの際に一緒に同道したパステレッリ(製菓人)が、“ポプラン”というシュークリームの先祖の様な菓子を創造したのが始まりのようです。
1775年頃にテイロロワが生地の配合を変え、「火にかざした“パテ・ショー(熱い生地)”」と呼び、さらに1798年にアヴァィスが生地を改良し、丸いキャベツ(シュー)に似ているので“シュー生地”と命名したそうな(資料を当たっていたら年代に関して記述がマチマチで、アヴァイス1960年説もありますが、経緯を考えて1798年説を選択しました)。さらにさらに、これをアヴァィスの弟子のカレームが仕上げたと言われています。

おぉ、ここにフランス料理の大物アントナン・カレームさんが登場ですね。
カレームさんは近代フランス料理の最大の巨匠です。
ちなみに死後刊行された『19世紀フランス料理術(全5巻)』の他に、『王国の菓子職人』や『絵入り菓子職人』なども刊行されており、現在に繋がるレシピ(ルセット)本を随分出された方ですね。

現在は、シュークリームもコンビニでも買えるようなお手軽なものになっていますが、先人が長年、改良に改良を重ねて出来たということを念頭に、今日のおやつはシュークリームにしよう。