2013年9月10日火曜日

ハルコの霍乱、そしてツボ。


昨日は9月9日の「重陽の節句」の“陽の倍返し”で、ハルコ大いに絶不調でした。
風邪、食あたり、薬の服用……と、まさに「ハルコ攪乱する」でした。
腹痛、吐き気、頭痛と、諸々の症状が出ていたのですが、普段の腹痛とは違ったもので、以前胃ケイレンを起こしてのたうち回った時を思い出しました。

霍乱を辞書で引くと、
「霍乱は、もがいて手を振り回すという意味の「揮霍撩乱(きかくりょうらん)」の略で、日射病や暑気あたり、江戸時代には夏に起こる激しい吐き気や下痢を伴う急性の病気を言った。
いつもは健康で強くて丈夫な人を「鬼」、その鬼が珍しく病気になることを「霍乱(急性かつ苦しむ病気)」に例え、「鬼の霍乱」と言うようになった。」
なのだそうでうすが、昨日は本当にこんな状態で、オクサマが「救急車呼ぶ?」と言うほど心配させてしまいました。

ハルコはiPadを開いて「急な腹痛に効く“つぼ”を、息も絶え絶えにネットで調べたのです。
大体のツボは知っているのですが、お腹の「中かん」、手の「合谷」、脚の「足三里」の3つを交互に試してみると、「合谷(人差し指と親指の間)」が一番効くようで、30分程で痛みも薄らいできました。

急な痛みや症状が出てきた時に、ツボを知っていると重宝します。
特に海外などの旅先では、緊急の時に役立ちますね。

2013年9月9日月曜日

重陽の節句


あまりゲームには詳しくないハルコですが、トランプや花札では9の数字が強いという遊びがありますね。
今日は9月9日。9が重なる日であることから「重陽(ちょうよう)と呼ばれているのです。何故9と9で重陽かって?

これは元々、陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされいたんですよ。
最近ハルコは薬膳の本の編集をしているので、この辺は随分詳しくなったのです。
最初は不吉なことを払う行事として行われていました。しかし時代が変わり、9は一桁の数のうち最大の「陽」であり、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったのです。
これが「重陽の節句」の謂れですが、旧暦では菊が咲く季節であることから「菊の節句」とも呼ばれているのです。
「重陽の節句」は五節句の一つで、邪気を払い長寿を願って菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝い、前夜には菊に綿をおいて露を染ませ、身体を拭うなどの習慣があったのです。
しかし他の節句と比べて、あまり行事にされていない節句でもあります。
日本橋三越の仕事のお手伝いをしていた頃は、百貨店での行事でも随分ご紹介していたのですが、これも一部だけですね。

以前、中国人の気功を体験したことがあったのですが、気功師曰く(中国語の通訳を挟んで)、「普通の人は陰と陽のどちらかが強く出ているもんだが、あなた(ハルコ)は陽も陰も同じ位の強さで出ていて気功が効かない」

何だか、今朝から体調絶不調のハルコは陰陽がよろしくないようです。

2013年9月6日金曜日

クロマグロ問題


昨夜は完全紹介制の銀座「大夢」で、懐石をいただく僥倖にあずかりました。
そのコースの中の向附に、鮪と新烏賊のお造りが出てきたのです。
女将の説明によるとクロマグロで18キロ」とのこと。

ハルコは暫し考えてしまいました。
「うむ、クロマグロか……」
ご存知のように、現在はマグロの減少を防ぐために、国際的な規制により、来年からクロマグロの幼魚の漁獲量を15%削減されます。
現在、大西洋ではクロマグロも復活の基調らしいのですが、クロマグロは絶滅の恐れがあり、絶滅危惧種としてワシントン条約に登録される可能性もあるのです。

江戸時代には、マグロは下魚として顧みられないものでしたが、今や「マグロ、マグロ、大トロ、中トロ……」と、猫も杓子も食べたい魚ナンバーワンになってしまったのです(余談ですが、猫も杓子もの由来は色々ありますが、「神主」を表す「禰子(ねこ)」「杓子」と「僧侶」を表す「釈氏・釈子(しゃくし)」で、「禰子も釈氏も(神主も僧侶も)」が変化したとする説をハルコは取ります)。

ちょっと前の時代の通人なら、「鮪は天然物じゃないとダメだ!」なんてことを言いましたが、今やマグロの国内の養殖量は増えているのですが、養魚のクロマグロは天然物なので、これも資源枯渇の原因にもなるのです。
それを解決するために、卵から育てる完全養殖にして販売する企業も現れています。
悪い言い方をすると、「食べるなら、今でしょ!」

2013年9月5日木曜日

角打ち

この所、出掛け先にあった酒屋さんの店頭で酒を飲む機会が多々ありました。
酒屋さんの店頭で立ち飲みする「角打ち」という言葉も、一般的になってきたようでですね。
元々「角打ち」は北九州方面の言葉らしく、秤り売り用の酒を、升を借りて縁に乗せた塩をアテに、その場で立ち呑みしていたものらしいのです。


北九州や関東でも酒屋のカウンターで立ち飲みをすることを「角打ち」と呼んでいるところが多いようですが、関西では酒屋で飲むのは「立ち呑み」、立ち飲み屋で飲むのは「立ち飲み」と、使い分けるようです。
最近流行の「角打ち屋」や「角打ちバー」は飲み屋であって、酒屋さんで飲むのが本当に正しい「角打ち」なのです。

先日撮影で出かけた鎌倉の酒屋さんでも、ハルコは正しく(?)塩をアテに升酒を呑んでいましたが、いや、楽しいものですね。何だか自分がちょっと堕落した人間になったような気分を味わえます。
何故かというと、小さい頃は住んでいた釜石には24時間稼働している製鉄所があり、高炉の火を落とさないために、工場は1日3交代で休み無く働いていたのです。
夜勤明けの工場の人達が、朝から酒屋さんの店頭で呑んでいるのを横目に見ながら、小学校へ登校していました。
そんな環境でしたが、酒を嗜まないオジさんからは、「大人になっても、“もっきり”を呑むような人にはなってはならん!」と、よく言われていたのです。
「もっきり」とは、関東の「角打ち」と同じような意味ですが、「酒を盛ったきり」が縮まって「もっきり」になったのだと思います。

先月仕事で盛岡へ行った時にも、酒屋さんで呑ませてくれる「細重酒店」で思い切り「もっきり」を堪能しました。
オジさんの忠告を守れずに、「もっきり」を嗜む人間になってしまいました。
オジさんごめんなさい……。

2013年9月4日水曜日

グルメ情報の紀元前

田舎から上京して東京で生活するようになり、早40年の歳月が流れました。
最近、この40余年で外食を中心にした食のシーンで何が一番変わったんだろう?と考えてみました。
その時々で流行の料理や衰退した料理など、起伏の多い歳月でした。
別な考え方で、バブル前・バブル後という考え方もありますが、ハルコの考える最大の変化は、情報の在り方ではないでしょうか?


丁度東京に上京した1972年は、情報誌の草分け「ぴあ」が創刊された年でした。
今では考えられませんが、映画1本観るのにも映画館へ直接行くか、新聞の映画欄くらいしか情報が無かった時代です。
ましてや、レストラン等の外食の情報は僅かでした。
仕事柄雑誌の制作に関わっていたので、編集者から直接情報を聞き出し、ほぼ口コミで行っている内に、よくレストランで会う方々と情報交換しながら、東京を回遊するという感じでした。

まだ海外の情報も少なく、一度パリのレストラン情報がFAXで送られてくるサービスに加入したことがあります。なんたってFAXですよ。
今考えると年間数万円と高額でしたが、いち早く情報を入手出来るのは自慢でした。
初めてパソコンを購入したのが20数年前ですが、まだパソコンから情報を得る環境はなかったのです。
当時は紙媒体の情報誌が全盛で、たくさん買い込んで情報を調べ始めていましたが、まだ自分の手の内で情報整理が出来るのが、楽しい時代でした。

そして、今はグルメ情報の紀元後の世界にいますが、何だかつまらないですね。
初めての店でも行く前から、すべてを知ってしまうなんて!

写真は食べ歩き旅行に行く前にハルコが情報整理していた紀元前のノート。

2013年9月3日火曜日

美味しいものは不幸の始まり!?


よく会話で「あと何回ご飯が食べられるか?」と言いつつ、自分の予想平均寿命に食べられる食事を掛けて計算したりしますね。
ことさら美味しいモノを追求している人なら、尚更でしょうね。
えっ、そう言うハルコはどうなんだって?
以前からですが、その追求は止めているのです。

確かに、不味いものよりも美味しいモノが食べたいのは普通の感覚ですが、それが行き過ぎると、人間不幸の始まりなのです。
ギリシャのアイソポス……と言っても判りませんね。これを英語読みにすると、お馴染みイソップなのですが、「触れる物をすべて金にしてくれ」と神様にお願いした王様の話はご存知だと思います。
強欲に触れるモノを金にした結果、自分の娘や食べ物まで金に変わり後悔する、というお話ですが、これはギリシャのミダス王がモデルなのです。

神様に「これから食べる物が全て美味しいものばかりになりますように」と、祈って叶うとします。
ところが、美味しさは比較の中で成立するもので、より美味しいモノを望むと、どこまでも満足の行かない永遠の不幸の始まりになると思うのです。

しかし人間は記憶としては、美味しいモノよりも不味いモノを覚えているものです。ハルコも美味しいモノに出会うと、同じような料理でとても不味いモノを思い出して「今、ここにあるモノは幸せな食べ物だ」と思うようにしているのですが、それも変ですね。

2013年9月2日月曜日

悪夢とあまちゃん

今朝、汗びっしょりで目が覚めました。
オクサマ曰く、ハルコはうなされていたようだと……。

昨日は「防災の日」で、NHKの東日本大震災の地域から、生放送で現地の“今の生活”が映像で送られてきたものを見ていたのと、朝ドラの「あまちゃん」の土曜日の次週(今週)の予告編を何回も見たせいで、「北鉄(北リアス鉄道)」が地震と津波にあう夢を見てしまったのです。


今朝の「あまちゃん」の2010年3月11日のシーンは、やはり自分自身の地震体験と、故郷に連絡が全然取れない悪夢の数日間を思い起こし、いたたまれませんでした。
このドラマは、大震災の記憶が薄れてしまいがちな昨今に、まだ何も終わってはいないし、福島の問題も何も片付いていないと、いう事実を喚起させます。
物語としては楽しく面白いのですが、観ている側からは311がドラマの核となるのは承知で、それぞれの311を思い起こさせるでしょう。
絶対に風化させてはいけないし、まだ何も解決していない現実を直視せねば……。
(写真は北三陸の海岸です)