2012年2月8日水曜日

卵かけごはん

以前『日経おとなのOFF』誌上の、「幸福な朝食」をお取り寄せという企画で、ハルコは卵かけご飯専用の醤油を推薦したことがあります。それが他の媒体で再録されるというのを見て、再度美味しい卵かけご飯レシピをご紹介します。


これは以前、銀座「とよだ」料理長の岡本圭一さんの元で修行したものです。
卵かけご飯はシンプルゆえに奥深い世界ですね。
単にご飯の上に卵をかけるのではなく、一度加熱したレシピです。

まず、卵は常温にします。常温と言っても季節によって違うので、ご勘案ください。
鍋にお湯を沸かし、塩ひとつまみと酢(湯1ℓに対して30~50cc)を加えて沸騰させます。
別の器に割り入れた卵を、そっと(これが肝心)弱火にした鍋に入れます。
卵黄を包むように卵白を寄せます。ここは卵黄と卵白の凝固温度の違いを応用します。
お湯を沸騰させて弱火にすると、97℃に下がります。そこに卵を入れると卵白は80℃で凝固します。卵黄は70℃前後です。卵白で包むことにより、卵黄への熱伝導は遅くなるのです。
湯の中に入れ過ぎると固くなるので卵白が固まり始めたら、サッとレードルで掬います。ここで、余熱で卵黄に火を通すわけです。
この作業は余所見していたらダメです。鍋に付きっきりにしてください。
そして、布巾で余分な水分を切ったら、温かいご飯の上にのせて、お好みで塩や醤油をかけてください。
簡単すぎるレシピですが、本当にタイミングは難しいですね。


左/卵黄を包むように卵白を寄せる。
右/卵白が固まり始めたら、サッとレードルで掬う。

2012年2月7日火曜日

トリッパ好き

またまた、メッシタでした。ストレートに旨いものは旨いと思わせる技ですね。
素材も味も考えて食べるような料理は最近好まなくなったのは年のせいでしょうかね。
メッシタ「トリッパの唐揚げ」(写真)は普段内蔵料理が苦手だと思う方々でも美味しくいただけるのではないでしょうか。

さて、以前にも書きましたが、ハルコは「トリッパ」が好きなのです。フランス語では「tripe(トリップ)イタリア語で「trippa(トリッパ)牛の胃腸の総称で、第1胃、第2胃、第3胃、第4胃、腹膜、胃膜まで含みます。
その中でも有名な「カーン風トリツプ(Tripes à la Caen)をパリで食した時の絵日記を再録します。


カーン風トリップの古典的な調理法は、まず水に酢を加えて“ピェ・ド・ヴォー(処理した仔牛の脚とた調味液)”を浸してから、熱湯で茹でて刻んでおき、トリッパも下処理して茹でておきます。
これと人参、タマネギ、パンヌ(上質の脂肪・ラード等)に豚骨を大鍋に入れて、カトル・エビス(フランスの混合調味料で白胡椒、ナツメッグ、クローブ、ジンジャーの四つの薬味)に塩、胡椒、カルヴァドスに水を加えてオーブンで煮込む、という大変なルセットですね。
再録はパリの臓物料理店「ファラモン」です(1991年)。

2012年2月6日月曜日

海苔の日


今日2月6日は「海苔の日」です。
1967年(昭和42年)に全国海苔貝類漁業組合連合会が制定しました。

なぜ、この日かと言うと701年(大宝1年)大宝律令が制定施行された日だそうです(太陽暦換算)。海苔が「調(年貢)のひとつになったのです。
普段何気なく食べている海苔は「調」の中の藻類の中でも(紫菜・むらさきな)貴重なものでした。庶民の口には入らないくらい高価な、当時の高級食品だったのです。

庶民の口に入るようになるには、江戸時代の浅草海苔の登場からです。江戸初期では、海苔は精進料理に親しむ寺院を除けば一般的ではないですね。
寛永20年(1643年)『料理物語』には「浅草のり」という名前が見られますが、この当時は醤油ではなく、溜(たまり)で味付けされていたようです。
江戸名物になる「浅草海苔」は、亨保年間(1751年)頃に現在の乾海苔の原型「妙きのり」が発明以降ですね。多くの専門問屋出来て、全国へ浅草海苔が広まったのです。
こうして日本全国で海苔の採取加工が行われて、現在の海苔産地が形成されるようになったのです。

ハルコはかなりの海苔好きです。ご飯なら海苔だけで何杯もいただけます。
海苔むすびや海苔巻きも大好きですね。
極めつけはやはり「海苔弁」ですね。どか弁に海苔を何段にするか。醤油で染み込んだ海苔とご飯が何層ににもなっている姿を想像するだけで涎が止まりません(じゅる)。
明日海苔こさえよう!

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2012年2月4日土曜日

立春大吉に茶を喫する話

寒い冬が終わり新しい年の始まりです。ブログを始めて今回で丁度150回です。
と、書きつつ今年の寒波は本当に凄いですね。大雪も心配です。
新潟の別宅も相当雪が積もっていると思われますが……3月までは行けないし。


先日高輪の茶懐石「三友居」へ出かけました。ご存知ように「かいせき」には「懐石」「会席」の二つがあります。
前者は「茶の湯」に出される食事のことで「茶懐石」とも言いますね。良く知られている話は禅宗の修行僧が寒さを凌ぐために、懐に温めた石(温石・薬石)を入れたという所から出ております。
それに対して「会席料理」は、室町時代に武家社会の「式正しきじょう(正しいという意味)」の本膳料理を簡略化したものです。
「懐石」が茶が主体とすれば、「会席」は酒宴が主体で日本料理の源流になるわけです。
まぁ、この話を始めると長くなるの止めますね。

独立して自分の事務所で仕事をした頃の話です。
出版社から茶道のシリーズのムックのデザインの依頼が来ました。編集長と話していると、まぁ、専門用語(今だと一般常識ですが)が読めない、判らない事だらけの世界でした。
料理の「八寸」とか「強肴」とか「?」の連続で、さすがに編集長も「強肴(しいさかな)も読めない奴に仕事を出していいものか躊躇したと思います。
ハルコはそこで「一度懐石に連れて行って」と、お願いいたしました。
まぁ、非常に現在とは違い出版の世界も牧歌的な時代でしたね。
麹町にある懐石料理の店に連れて行ってもらったのですが、それが大変! 編集長以下担当編集者に全体監修の偉い先生までと大げさなことになりました。ハルコの教育が主目的なので、一々解説入りでした。
最初に、汁、飯、向付が出て来て、べちゃべちゃするご飯(その当時はそう思ったんです)を一口で食べて“おかわり”と言っては怒られて、「最初のご飯は今、あなたが来たので炊きたてですと、言う意味でおもてなしの心なんだ」と教えられました。
いや、今思うと。何も知らないという事は、面白いでことでしてねぇ。
その後ハルコ精進して、自ら「かんたん茶の湯家元。万に一(まんにひとつ)を名乗り、「座ったその場が茶懐石」と皆さんを困らせたのはまたの機会で。

●高輪 茶懐石「三友居」より

★ブログ150回
飽きっぽいハルコがブログ150回達成しました。自分で言うのもなんですが、休まず続けているのには感心します。
現在日曜を除いて週6回発信してましたが、来週から土日休みで週5回にいたします。
facebookは引き続き休みなく発信しております。
こちらからどうぞ。

2012年2月3日金曜日

節分


中央がハルコです。

2月3日は節分です。そして、不肖ハルコの誕生日でございます。
この日は普段よりおとなしく、何もせずに過ごすことにしております。
天の邪鬼で人から祝って貰うのは何だか恥ずかしいのです。

そして、この2月3日は敬愛するレストラン評論家の見田盛夫先生の命日です。一昨年の2月3日に76歳でお亡くなりになったのですが、1年経つのは早いもんですね。
見田盛夫こと菅原哲さんには随分薫陶していただきました。エスプリのあるレストラン批評はその後に続く人達の範となるべきものでした。

節分は大寒より15日目で、立春の前日にあたる日です。本来は立夏・立秋・立冬の前日をすべて節分といい、季節の分かれ目をさします。
しかし、立春の前だけが節分として残ったのですが、やはり、冬から春へと大きく変化する日だからなのでしょう。今年は大寒冬で大変寒い冬ですね。

節分は“雑節”と呼ばれ、節分以外には彼岸、社日(しゃにち・社日は産土神を祀る春と秋の2回ある)、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二日の9つがあります(これに、初午と大祓えを入れる場合も有り)。
節分に生まれたせいでしょうか、ハルコは“豆”が好きなのです。誕生日と豆というのはいつもセットでした。
年々食べる豆の数は増えますが、ハルコのの中身はどんどん忘れっぽく、飽きっぽくなっております。今日はビールで豆でも食べて立春を待ちます。

2012年2月2日木曜日

失礼だが旦那!


一時通っていた某鮨屋へ行かなくなりました。
お気に入りだったのですが、ある時にカウンターで他の客3人が大きな声で話していたのが原因でした。
おそらく会社の地位のある上司とおぼしき男性が部下(あるいは取引先)を2名連れて、「ここの鮨の旨さは……」などと、蘊蓄たらたらでした。
小学生が自宅に同級生を招いて、自分の持ち物を自慢しているような感じと言ったらどうでしょうか。
最初は我慢していたのですが、酒がどんどん進む度に3人の声がユニゾンとなり、店中に響き渡り、こちらの会話すら聞こえない状態でした。
ハルコは奥にいる女将に、注意してとお願いしたのですが、どうも芳しくなく、ついに堪忍袋の尾が切れました!(ハルコは実は超短気です)
隣のオジさんの椅子を蹴って「静かに!」

カチンと来たのは、隣のオジさんが、2分以上も鮨を手に持ったまま手を回し続けていることでした。右目の視界に入った、振り回される鮨が可哀想。心の中で「お前ら鮨喰う資格は無い!」と思っていたのが、ついに「静かに!」と相成ったわけです。

この時にある情景を思い出しました。今はもうありませんが、目黒の「廣鮨」です。
目黒に住んでいた頃通っておりました。
親方は見るからに頑固な鮨職人で、一見強面でした。
で、鮨のカンターに鮨が放置されていようものなら「失礼だが、旦那!」と重い声が響き、その後「鮨が乾いてしまいやすぜ」
見ていて気持ちの良い鮨屋でした。ハルコは握る端から、どんどん食べて行く食べっぷりが気に入られていたようでした。

予約をして店に入ると、親方が「おう~~ぃ。暖簾を下げろ」と。
その当時の食べていた量を考えると、親方はもうハルコ(オクサマも)の分だけで他の客は入れないようでした。
〆の干瓢巻きは絶品で今でも最高の味だと思っています。
通って2年目で海苔を貰い、4年目で鯛の頭を貰い、7年目でカウンターを新しくするので、カウンターの一枚木は要らないかと言われました(断りましたが)。
現在の住居に引越す時に言えず終いになってしまい、その後他の客から間接的に「お出でよ」と伝言を貰いましたが、行けない内に廃業されました。

今だだに、「失礼だが、旦那!」という声が懐かしく思い出されます。

●六本木ガットネーロ
冬は温かなボリートミストが最高!

2012年2月1日水曜日

mescitaは面白い

思えば「小さくてカウンターのある店」が好きです。長年通っている店は、そんなハルコの条件に合致する所が多いですね。


目黒区の目黒四丁目とあまり交通の便のよくない所に、ハルコが最近通っている「mescita」があります。
このところ予約の取れない人気店らしいのですが、店内は11席で、早くからのお客さんも入れると2回転でしょうか。
「mescita」は、フィレンツェ在住のI夫婦や友人のSさんに教えていただきました。Sさんのお導きで初めてお伺いした時に感じたのは、「面白い」ということでした。
あの「アモーレ」の澤口さんの所で長年修行をしていたという事でも、まず出自が「面白い」澤口さんのことを言うと何ですが、鬼才というより何だか奇人というおかしさで、とっても日本のイタリア料理業界にフィットしないズレが「面白い」
そんな師匠の弟子だから「面白くないはずはない」


旨い料理を食べさせる店は多いのですが、「面白い店」はそんなに多くは無いと考えております。石川勉さんの「ドン・チッチョ」もホールで、米津・阿部両氏が活躍していた時は「非常に面白い」と感じていたのですが、今は二人とも居ないので「さほど、面白くなくなった」。

料理屋さんはある部分非日常空間ゆえに、普段と違うワクワク感を期待する場所だと思っております。その場にいる客と店のセッションのような感じを楽しむ場所です。単に旨いモノを喰いに行くだけではないはずです。

料理人の鈴木美樹さんは全身から「面白いオーラ」が出ています。初めて見た時から感じておりました。
それは、昔初めて恵比寿の「あ・た・ごうる」田辺年男さんを見て料理に感心した以来です。「ヌキテパ」に移っても田辺さんは「面白い」。長年「面白指数」を高く維持していく(本人は天然だと思いますが)のは至難の技。
鈴木美樹さん、これからも「面白い」を共振させてくださいね。
料理の事を書こうと思っていたのですが、話がどんどんそれて……。
面白い店にこれから、どのくらい出逢えるでしょうか。