2016年6月30日木曜日

新しいか古いか、それが問題だ!




今年も半年で折り返し地点ですね。

最近の食を考えていると、「新」と「熟」の対比が気になるのです。
数年前から、
「麹ブーム」や「熟成肉」などの影響で
ある程度時間をかけて食べるという方法が注目されてきました。
それまでは、新鮮な食材が一番良いのだという風潮が支配していました。

「新」の文字を拾うと無数にあります。
新米、新酒は代表格ですが、野菜の新を付けるなら、新ジャガ、新タマネギ、新ショウガ‥‥と切りがありませんね。

「新」の反義語・反対語は「旧」で、感覚的には新米、新酒に対して古米、古酒とあるように、「古」の方がなんだかしっくりきます。
「古」に対する反義語・反対語は「今」なのですが、今のつく食べ物って思い出しませんね。

では、「熟」の反義語・反対語はというと「未熟」なのです。
未熟な食べ物は成長過程途中ですが、成熟するとは限りません。
新しく、新鮮な物でも時間が経つと劣化し、古くなるのですが、全てはそうとも限りません。
ワインを飲む時に「このワインは新鮮だ」とは言いませんね。「このワインはまだ若い」
そこに「若い」という言葉が登場しますが、「若い」の対義語は「若くない」と面白くもありません。

なぜ、こんなことを考えているかと言うと、
「今」の時代は「新鮮」な「熟成」した味を求めているような気がするのです。
新鮮でみずみずしい、は言い換えると味が薄いのですが、新鮮だけど旨味が凝縮している。
どちらが好きかは判断に迷う所です。
魚に関しても、すぐ刺身にしても味がのってきませんね。ある程度寝かして熟成させる必要があります。
これも、逆にいうと新鮮な状態をどう変化させるかという知恵ですね。

科学的な調理技術が進化し、以前の冷凍法など比較出来ないくらいの変化で、単に保存するだけではなく、保存中に新鮮なまま、熟成も可能だという未知の世界に私たちはいるのです。

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2016年6月28日火曜日

続・お弁当ライフ




この所すっかりお弁当生活なハルコですが、
先日、米櫃が空になり、
やはり「お弁当=米」の消費量が多いのが
原因でした。

東京に上京した折は、毎月仕送りがあると、
米をまず買いに行きました。
その量は10kg、今思えば、おバカな
ハルコで、
「3合=お茶碗3杯」だと
勘違いしていたのです。

現在わが家での1回の炊飯量は
2合(300g)で、
1回の食事+お弁当でほぼ食べ尽くします。
ゆえに、週3回自宅でご飯を炊くと、
1ヶ月の米の消費量は4kg弱の計算。
一人で1回3合のご飯を食べようとしていた
ハルコはそんなに大食いだったのか?

さて、現在の日本人の1人当たりの米の消費量は、大体1年間で60kg。
当然、外食分も含めての数字ですが、
これが、昭和35年だとおおよそ120kg。
半世紀で日本人の米の消費量は半減したのです。
戦後の食糧難から、食生活が豊かになり、米が腹一杯食べられるように
なったと思ったら、いつの間にか米離れが進んでしまったのです。

そして、時代をさらにさかのぼり江戸時代の米の消費量は、
なんと1日当たり1人は米五合を食べていたのです!
これは、あくまで米の大消費地江戸の町ですが、
1日に750gで年換算で1人当たり270kgで、米俵に換算すると
約4俵半の量になります。

白米を食べるのが江戸っ子の自慢だったそうで、そのために「江戸わずらい」と
称する病気で多くの人が亡くなりました。
この病気は「脚気」で精白米ばかり食べているとビタミンBが不足してかかるわけです。

米を主食として食べていた民族が、米離れをおこし、
さらに、糖質制限で炭水化物摂取が少なくなり、米を食べないような時代性に
今後の日本の食生活や食文化はどうなるかと、
毎日お弁当をつかいながら、思うハルコなのでした。

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2016年6月13日月曜日

塩辛食おうとて水を飲む

皆さんは「塩辛食おうとて水を飲む」と言うことわざをご存知でしょうか?
これは「塩辛を食べると当然のどがが渇くので、食べる前に事前に水を飲んでおく」という意味で、何事につけて手回しがよいことの例えなのです。

しかし塩辛を食べるからといって、事前にどのくらいの水を飲めば良いのでしょう。
確かに、「調整」というのは日常的にありますね。
今晩はご馳走を沢山食べるので、昼ご飯は軽くするとか、抜くとか。ところが、逆に食べられなくなってしまうと、いうケースもありますね。用心し過ぎてダメになる。
これとは逆に、本番で食べたり飲んだりするために、「練習」と称して食前に飲食する強者もおります。

落語の「試し酒」の中にも、ある商人の家に大酒飲みの奉公人がおりまして、 この男がどれくらい飲めるか? という話になり、 「五升は飲めるか」「いや、飲めないでしょう」と、 二人のヒマな旦那が賭けをする噺がありますね。
旦那に「今ここで五升の酒が飲めるか?」と言われた奉公人が、 「ちょっと考えさせてくれ」と外に出て行く。 そして戻ってくると、一気に五升を飲み干したのです。 

呆れた二人の旦那が外で何を考えていたのかと訊ねると、 「五升と決まった酒が飲めるかどうかわからねえから、 さっき表の酒屋で試しに五升飲んできた」という噺は大好きですね。

現在のハルコはもうダメダメですが、これでも若い頃はかなりの大食いで、鮨屋さんへ行く時なぞ、あまり食べ過ぎると勘定が心配になるので、事前にカツカレーを食べてから出かけたものです(実話)。
鮨屋のご主人にも、「今日はカツカレー召しあがって来ましたか?」とよく聞かれたものです。
また別な鮨屋さんでは、ハルコが店内に入るなり「おーい、暖簾を下げろ」と、まだ宵の口なのに貸し切り状態になることもままありましたが、最近はもうそんなことは不可能ですね。

今は事前に消化剤を飲んで食べに行くと、堕落してしまったハルコでした。

(2013年6月14日再録)

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2016年6月1日水曜日

お弁当ライフ










このところずいぶんブログを休んでました。
気がつくともう6月ですね。
長年外食が多かったハルコですが、最近は自宅でご飯も食べているのです。


一番外食が多い時代は自宅で、ご飯を食べるというのは、月に1~2度くらいだったでしょうか。
今年になって自宅でご飯を食べる機会が増えたきっかけは、2月にインフルエンザになり、
外出できなくなったことにはじまります。

週一度食材の宅配を頼んでいるのですが、外食が多いと食材を無駄にすることも多いのです。
内食だと適切に食べきれるメリットがありますね。
また、外食に飽きてきたのの事実です。

35年に渡り、新しいレストランが出来たと聞いては出かけていましたが、歳とともに食傷気味です。
フードライターをしている方には申し訳ないですが、
食べるということを職業にしているのは大変楽しくも辛いことですね。
外食で食べたいものを考えると、面倒な料理(頭で考えて食べる)は避けたいし、
そうすると、食べたいのは鮨しか残らなくなります。

そして、週一でお弁当持参で仕事場に行くようになったのです。
金曜日に食材の宅配が届く前に、内食して残った食材をお弁当に活用という
割とエコなお弁当なのです。

こんなことを書いていたら、徳川夢声の『戦争日記』を思い出しました。
東京が空襲の脅威にさらされている時で、仕事場にお弁当を持って行くのですが、
当然外食出来る場所なんかありません。
その時、夢声さんは2個お弁当を持っていったそうです。

さて、お弁当ライフですが、実はオクサマの手づくりなのです。


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2016年4月18日月曜日

チューハイの原価率!?



昔、京の嵯峨に”能説法”という弁舌巧みな説教師がいて、
その隣に酒屋を営む金持ちの尼がおったそうな。

この尼公も仏事を行うことがあり、能説法に道士を頼んだそうな。

この話を聞いた近所の人が
「この尼の売る酒には水を入れて売っているので、味が薄いので、
”酒に水を入れて売る”のは罪であると皆に説法する際にお話ください」と。

説法師が仏事が終わったあとに、尼公が大きな桶に酒をなみなみ入れてふるまったとな。

皆の衆は説法のあとなので、さぞや旨い酒が呑めると思ったそうな。



最初に呑んだ説法師があっと叫んで、
「いつもの酒は水臭い酒なのに、今日のは酒くさい水だ!」

これを聞いた尼公は平然と
「さも候うらん。
酒に水入るるは罪と仰せられ候いつのる間、
是は水に酒を入れて候」と答えたという。

これは、中世の時代の隠遁僧”無住”の『紗石集』に出てくる内容。
(『信心の世界、遁世者の心』大隅和雄著から意訳引用)

この行(くだり)を読んでいてなぜか
「チューハイの原価率」という言葉が頭を過りました。

居酒屋さんでチューハイは定番ですが、店によって多少違いますが、
1杯あたりの原価率は数十円で、10~15%なのだそうです。
ちなみに原価率が一番高いのはビールで30%!
まぁ、ビールクズのハルコとしてはビールは当然ですが。

居酒屋さんでソフトドリンクを頼むあなたは、
お酒を呑む客よりもお店に貢献しているのですぞ。

さて、今晩のチューハイは
「水臭いチューハイか、チューハイ臭い水か」

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2016年4月7日木曜日

とと姉ちゃん



4月からNHKの朝の連ドラ
『とと姉ちゃん』がはじまりました。
長年の朝連ドラファンとして毎朝が楽しみです。

ドラマは『暮らしの手帖』の発行人で暮らしの手帖社の社長だった大橋鎭子がモデルです。

初めて『暮らしの手帖』を見たのはもう50年も前のことだったと思います。
母親の生家に遊びに行くとその頃伯母が一緒に住んでおりました。

読書好きの伯母の部屋に行くと沢山の本があり、本棚から読めそうな本を取り出しては遊んでいました。
その中に『暮らしの手帖』がありました。

描き文字のタイトルに、毎回季節ごとに表紙の絵が変わり、子ども心にも“楽しい絵”だと思っていました。
その頃漠然と、絵や図案の仕事につけたら良いなと思っていたのです。

長じてデザイン事務所に就職して、毎日雑誌の仕事をするようになりました。
アートディレクターのボスの元で
毎日朝から夜遅くまで『家庭画報』のレイアウトに明け暮れてました。
仕事の合間にボスが色々な雑誌やデザインの話をしてくれるのですが、
その中に『暮らしの手帖』もありました。

「今の雑誌はデザイン過剰で読み難い。
『暮らしの手帖』のようにシンプルな、手づくり感のある雑誌が良い」
と言って、その頃発刊された大橋鎭子編著の『すてきなあなたに』を見ていたのです。
現在の雑誌は広告収入があって成り立ちますが、『暮らしの手帖』は一切の広告が入らない、ある意味で理想的な雑誌なのでした。

フリーランスになり、最初は『家庭画報』編集部にデスクをもらい仕事をスタートして、どのくらいの雑誌に関わってきたでしょうか。
創刊号もずいぶん立ち上げましたが、廃刊を見届けた雑誌も相当ありました。
雑誌が好きでどんどん編集指向になり、自分で雑誌の編集も何誌も手がけましたが、
これは花森安治の影響なのです。

『暮らしの手帖』の編集長で誌面のデザインから取材までこなした花森安治は、今でもあこがれの人なのです。

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2016年3月23日水曜日

ぬか喜び


いったん喜んだあとで、実はあてがはずれて
がっかりするような、空しい喜びのことを
「ぬか喜び」というのはご存知だと思います。

まぁ、玄米を精製して生じる種子などの
砕けた粉なので、
微細なものという意味で使われていますが、
なんで「ぬか」なんだと思うわけです。

この「ぬか喜び」という言葉は
10世紀前後からあるようで、
その当時はまわりに(目に見える)
あまり適当な微細なものが無かったんですね。

ぬか漬けは江戸時代頃から始まり、
10世紀頃にはまだ、ぬか漬けは無く、
塩、酒粕、もろみ、味噌に
漬け込んでいたののです。
それが、ぬか床で連続して漬け物が出来るようになったのは
画期的な発明ですね。

ぬかで漬けた野菜はビタミンB1で脚気の予防にもなるし、
そんなことがその当時判っていたら「ぬか喜び」なんて言われてないと思うのですが。

さて、わが家でも長年、ぬか床を使った「ぬか漬け」を実践しているのですが、
その肝心の「ぬか床」を何度も、何度もダメにしているのです。

毎日、一度は搔き混ぜないとと思うのですが、
ちょっと出張で留守にしてぬか床の存在を忘れていて気がつくと、
”白カビ””青カビ”が発生する始末です。

今までは、ぬかから真水に塩水と一からぬか床を作っていたのですが、
今回は最初から「熟成ぬか床」を使うことにしました。

忘れなければ良いのですが、「毎日、ぬか喜び」したいものです。

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