2015年11月30日月曜日

料理の出す順番、食べる順番



ラーメン屋さんで、ビールと餃子にラーメンを頼むとします。
食べる順番はまず、ビールを飲みながら、餃子を食べている間にラーメンを待つのが普通です。

しかし、店の都合でこちらが思う順番にならない場合があります。
最悪はラーメンが先に出て、餃子を食べ終わった頃にビールが出てくるパターン。
ちゃんと、「ビールはまだですか?」と聞いていたのですが、まったく店の対応能力ゼロ。
まぁ、あまり日本語が通じないお店でしたがね。

では、フレンチやイタリアンではどうでしょうか。
オードブルやアンティパストの前菜からはじまりスープやパスタの後にメインが出て来てデザートというのが一般的な流れで、コースを作るシェフも客も大体そんな流れのイメージで食べているはずです。

昔、非常に懇意にしているイタリア料理店で、アンティパスト、プリモ・ピァツト、セコンド・ピァツトの3皿をオーダーしたら、厨房から「パスタで来ましたが」と声が聞こえて、その後にシェフが「先にだしちゃえ!」と。
ハルコそのシェフと5年間絶交状態に!

でも、イタリアで中国料理食べにいくと、麺や炒飯はプリモ・ピァツトの扱いで最初出て来て、これは、これで、食文化の融合かと思うのですが、難しいなぁ。

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2015年11月24日火曜日

白トリュフ



ずいぶん、ブログを休んでました。

新しいブログが更新されてないので、
心配されていた方もおりましたがハルコ元気です。

岩手のイベントの用意から連続の撮影とバタバタしてましたが、また、ブログ再開します。よろしくお願いします。

先週から今週にかけて、イタリア料理店で続けて、
白トリュフをいただきました。

白トリュフは、加熱出来る黒トリュフと違い生食なので、
10月から12月までの3ヶ月しか口にできません。

先週は広尾の『アンビグラム」でパスタと合わせて、昨晩は代々木公園の「オストゥ」で薦められたオムレツに合わせていただきました。


「オストゥ」のダイニングと厨房には境が無く、白トリュフをオムレツの上に削り、
加熱されて香りが一杯に広がり陶然としました。

自分の白トリュフオムレツを食べ終えても、他のお客さんが、やはり白トリュフを次から次へ頼むので、
「鰻屋の店頭状態」で、ず~~っと白トリュフの香りに包まれて白ワインがなんと美味しかったことか。
脳の幸せを感じる部分が随分刺激されて、酔った感じでやはり、
白トリュフには「魔物」が棲んでいると思った一夜でした。

オストゥはお勧めです。



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2015年9月1日火曜日

防災食品、乾物パスタ


9月1日防災の日です。東日本大震災以降みなさん災害にあっても用意万端でしょうか。今朝、NHKの「あさイチ」を見ていたら、防災の日の特集で非常食について放送てま
した。

その中で非常食に向いている麺類で「そうめん」「パスタ」「うどん」と言うのがあり、番組では「パスタ」が一番良いとのこと。

その理由は、調理する際に一番水を使わずに済む、そうめんとうどんには塩分が入っているので、茹で汁は塩からくて使えないが、パスタの茹で汁はそのままスープ(スープパスタ)として使える。
これを見ていて、今度は以前の「はなまるマーケット」(終了)で災害時にパスタを茹でる方法をアルケッチャーノの奥田シェフが伝授してました。

以下はハルコブリグからのアーカイブ再録「パスタは乾物!」です。
ハルコブログとしては閲覧率が高かったのです。

さて、今朝テレビで情報番組を観ていたのですが、こんなのが流行っていたとは、ハルコ知りませんでした。
パスタの茹で時間がわずか1分!
いや、ウソだろうと思っていたのですが、NHKの「ためしてガッテン!」辺りから出て来たようで、料理人さんの中では知っている人も多いようです。
昔からそば屋さん(多分一部だと思いますが)でしている方法で、乾麺のそばを水に浸水させておいて、充分に水を含ませてから麺を茹でるのです。すると短時間で茹で上がり、食感がモチモチするそうです。


朝の番組(はなまるマーケット)では、アルケッチャーの奥田シェフがその技を使い、パスタ料理を作っていたのですが、水に2時間程度(それ以上でも可)浸けていました。水に浸けたパスタは色が抜けて白くなり、それを茹でると元の色に戻るのです。
水の替わりにコンソメ液に入れても同じ状態になり、さらにパスタにコンソメの味が入るのです。
いや、本当に知りませんでしたが、面白いですね。
そう考えると、乾麺は昆布や干し椎茸、切り干し大根と似ています。
奥田シェフは、この1時間で茹で上がるパスタを、東日本大震災の支援で被災地の炊き出しに活用したそうです。

生と乾麺の中間にある1分早茹でパスタは、第三の味覚かもしれません。



2015年8月24日月曜日

夏の蕎麦屋


思えば今年は夏休みらしい、休みは取ってなかったのです。
7月末から8月にかけて京都で、5日間の撮影をした後に、すごく忙しいわけでもないのですが、ダラダラと過ごしていたのです。
そんな、日曜日に少し休みらしい休みを、と、思い
上野の国立西洋美術館のチケットがあるので、出かけたのです。
「ボルドー展」という、ドラクロアの絵が目玉の展覧会ですが、西洋美術館でやるような内容じゃなかったですね。



その前に、腹ごしらえで、上野の池之端の薮蕎麦へ行ったのですが、ちょい、20分ほど並んだのですが、入口の脇にある室外機の熱風がたまりません。
上野に来ると薮で蕎麦を手繰ることが多いのですが、”天抜き”を食べたさで行くのですが、外の暑さと入口の熱風に負けて、どうしようかと悩むハルコなのです。
まず、ビールをぐびっと飲んで、心を落ち着かせて、改めて考えるとやはり暑いが、”天抜き”は捨て難い。
意を決して”天抜き”を頼み熱々の丼の蓋を取ると、湯気がもわっと上がり、また、暑さが蘇ります。
汁を一口飲んで、衣を一口食べて、ビールをぐびっと、いつもある鴨焼きが献立から消えていて、酒の肴には物足りないなぁ。
ぬる燗を1本頼んでのですが、これが、まぁ、熱燗!
猪口に酒を注ぎ、”天抜き”の小海老をつまみに、ぐびっと、まぁ、段々休みらしい感じ……。
後から来た隣の卓の客が「巣篭もり蕎麦」と、注文するが、この所献立で見たことがない。残念だったねお兄さん。
額に汗をかきながら、”天抜き”を終えて、やはり、ザル1枚(薮のザルは、盛りで、一般の蕎麦屋さんのザルは、海苔かけという)。
ちょっと、食べ足りないが、後で何か食べよう。
最前の美術館を出たら、雨がポツポッ、傘をさすほどじゃないが、蒸し暑い。
冷たいクリームソーダを求めて、彷徨うが、気が付いたら、鈴本演芸場の中入り後の高座をペットボトルのお茶を飲んでいた。
なんとも、ゆるい夏休みの1日でした。

2015年8月14日金曜日

8月15日のすいとん


毎年815日になると思い出す味があります。
815日、終戦記念日(敗戦が正しいと思ってますが)と言えば、
「すいとん」なのです。

子どもの頃は、毎年815日にはすいとんを必ず食べさせられていたのです。

このすいとんが、本当にだしの味も無く小麦粉を練って入れただけのもので、何でこんな不味いものを食べさせられるのかと、苦痛な1日でした。

すいとんは「水団」とも言い、ひっつみ、はつと、とってなげ、なんて名前で室町時代から庶民の間で食されていたのですね。
それが戦時中には米の代用食として、薄い味の汁に薄いすいとんを入れて、増量出来る素材を加えて食べていたんですね。
その戦時中の苦しい時代を子どもに伝えるために、田舎のわが家では8月15日は「すいとんの日」だったのです。




母はもう43年も前に亡くなり父も昨年末に他界しましたが、父母とも昭和20年は二十歳で、父は福島から満州蒙古青年開拓団で大陸に渡り、満鉄で機関士を目指していまいしたが、現地徴用で兵隊さんへ。
そして、引き上げ船で帰国。
母は戦時下、岩手県の釜石(鵜住居村)で日本が初めて艦砲射撃を受けた時(製鉄所に)に、砲撃の激しい音と振動の中で震えていたそうです。
年代的に戦争の話は廻りに体験者が多く、身近な世界でしたが、その語り部も少なくなりました。
しかし、未だにすいとんは嫌いなハルコです。

写真は戦後まもなく、釜石を訪れたアメリカの進駐軍を慰労する会で舞台での記念撮影。
しかし、母親(前列左)が何をしたかは聞けませんでした。

2015年8月13日木曜日

ハルコ、京都でイタリアン



この所ブログをさぼっており、一部の方からハルコは大丈夫か?と、
問い合わせがありました。
元気でやっております,ご安心を!

先日、京都で撮影のために5日ほど滞在して、仕事のはねた後は京都の旨いもん屋さんを訪ねておりました。

一時期は、京都で食べるなら「京料理」と決めて連日名だたる料理屋さんへ出かけてましたが、最近はジャンルの違う店の行くようになりました。
やはり、京都は楽しいですね。(出来るなら東京と京都を半分ずつ住みたいくらい)

その中で、京都の最強グルメ案内人の関谷江里さんに誘われて、イタリンレストランへ出かけたのです。

何でも、今の京都はイタリアンの店が多く出来て、和食・日本料理店よりも多いそうです。



レストランの名前は「Cenci(チェンチ)」でオーナシェフは、イル・ギョットーネ京都店で
15年間腕を振るっていた坂本健さん。

ハルコが普段好きなイタリアンは、質実剛健な料理ですが、チェンチ」は食べ進んで行くうちに、あれ、和食を食べてんの?と思う様な料理の連続でした。

鮎の春巻き、とうもろこしのソース、鮎の骨せんべい、トロフィエ、
じゃがいも、あわびソース、黒トリュフ
賀茂茄子とうに、伏見とうがらし。ケッパーの素揚げ、仔羊のステーキ夏野菜添え、
新生姜、あさり、うに、山椒のパスタ
特に、賀茂茄子とうに、伏見とうがらし。ケッパーの素揚げは、仕上げに卓上で「中勢以」の熟成肉と、岩手の「石黒農場」のほろほろ鳥で作ったコンソメをかけたもので、プレゼンテーションも楽しく美味しい。


東京の料理は、エッジがはっきりしていて、ある意味で明確に判りやすと思うのですが、京都の料理は和洋に限らずに、境界線が曖昧で、良くいうと融和、別ないいかたをすると、食材も調理法も既存のかたちにこだわらず、どん欲な
味の追求をしている。東京のストレートなロジック性を一段違う視点で外すという高度なテクニックがありますね。

それにしても、京都人は本当に洋物好きだと今回は確信しました。
また、京都に行こう!

2015年7月22日水曜日

江戸前とうなぎ




梅雨が明けたら思い切り猛暑です。

1ヶ月ほど前に冷たいものを食べ過ぎてお腹を壊したハルコとしては、暑いと言っても冷たいものはほどほどにしてます。
暑い時の食べ物というとやはり、「うなぎ」でしょう。
今年の土用の丑の日は、724日と8月5日ですが、うなぎの稚魚が少なくなりうなぎも高騰し、中々口に入らなくなりましたね。

よく江戸前という言葉を耳にしますが、久しぶりのブログは「江戸前とうなぎ」で一席。

どのすしの歴史の本にも「輿兵衛ずし」が江戸前の元祖だと書かれています。江戸に上方から「こけら鮓、サバ鮓、箱鮓」が入ってきたのは五代将軍綱吉の時代です。それから約130年後、1810(文化8)に花屋(華屋)輿兵衛が握りずしを考案したといいます。
それ以前にも握りずしはあったらしいのですが、現在に繋がるルーツで成功したのが 花屋輿兵衛です。それが馴れずしや押しずしに代表される上方ずしが、早ずし(江戸前)にあっという間に取って変わったのでした。

江戸前とはいったい何なのでしょうか? 
ひと握りのすし飯の上に、タネをのせて握るすしが江戸前の定義なのは当たり前ですが、何故それを江戸前と呼ぶかというのは諸説多々あります。
一般的に流布されてきた説は、東京湾で獲れる魚介類を指しているようで、昔食べにいったすし屋のおやじさんに「ウチは江戸前だから○○は使わねぇんだ!」と言われたことがあります。その当時はそう思っていましたが、実はその江戸前という呼び名を最初に使ったのはうなぎ屋なのです。

家康が江戸に入った当時、日比谷は入江で現在の丸の内界隈は浅瀬でした。そのあたりを埋め立てる大規模な干拓工事をしていた頃、日本橋のあたりは島になっていて、古名が「江戸前島」。周辺の沼地でとれたうなぎをぶつ切りにして縦に串を刺し、焼いて味噌をつけ、干拓人夫に売っていたのです。その形が蒲の穂に似ているところから蒲焼きという呼称になったのです。
江戸前島でとれたうなぎをうなぎ屋により江戸前と呼んでいたのがいつの間にか日本全国ですし屋の代名詞のようになってしまったのでした。

今やどこでもすし屋さんは江戸前が中心です。江戸前握りずしが発明されてまもなく200年。江戸前ずしは世界中に「SUSHI」として日本を代表する食としてグローバルな料理となり、さらに拡大しましたが、これから先はどうなるのでしょうか?
江戸前ではなく、巴里前とか、倫敦前、伯林前、桑港前なんて言うわけないですよね。

ハルコが顧問している大阪の松前屋でも大変美味しいうなぎを作ってます。
よろしかったら「ぐるなびippin]ご覧ください。