2012年8月31日金曜日

かつお節

かつお節削り器を3つ程持っています。
ハルコの理想の食事は、かつお節を毎日削り、昆布と一緒に合わせてだしを引き、それを元に料理することです。
では、普段からかつお節削り器を頻繁に使っているかというと、そうでもないのです。
使うのは気合いを入れて料理しようと思う時だけで、これじゃダメだと思っております。かつお節も日本橋のにんべんさんから本枯節の良いのを買ってきているのですが。


さて、このかつお節削り器ですが、どのくらいの需要があり、どのくらいの人が欲しているのでしょうか。
大量に使う日本料理のプロだって、逆に築地などで店に合う様な削り方で袋詰めで注文しているし、削り節はその場で香りが良い状態で削って出すだけですね。
神楽坂の「石かわ」が開店した当初は、石川さんが献立外で先付けに削節を出してくれた時代もありましたが、これが結構高めの値段でした。

実は、家庭用でさらに使い易い削節器を2年程考えては、中断しているのです。石川グループに相談をして「石かわ」「虎白」「蓮」の4料理長(石かわにも石川秀樹さんと別に料理長がいます)と研究会をしていたのですが、中々進まずに難儀しております。
どうしても、家庭で本当に需要があり、売れるという確証が持てずにいるのは、自分の発想視点が間違っているのかと悩むのですが、早く結論を出さないといけませんね。

2012年8月30日木曜日

ハルコの自由研究


子供たちの夏休みも終わりですね(一部まだの地域もありますが)。
最近「大人の自由研究」がブームだそうで、宿題や課題とは違い「自由研究」は自分で選んだテーマで自主的に行いますが、まぁハルコの仕事を考えると、仕事でもず~~っと自由研究しているような気がします。

さて、本来の自由研究ですが、ハルコは確か小学生の高学年(記憶が曖昧ですが)の夏休みに、日本歴史年表を作ったのです。
半紙で10数枚の長さに繋げ、日本史上の出来事を色分けした大作で、優に1週間ほどかかりました。その時は、義務ではなく本当に好きで、図書室から借りた本と親戚のオジさんの本を参考に調べました。
そこではじめて歴史の面白さを知ったのと、年表というひとつのジャンルに魅せられたのです。
ちなみに、この年表は担任の先生から皆の前で褒められたのでございます(ホホホ)。

長じて、仕事でも年表のある仕事は好きで、結局自分で調べて構成してしまうようになったのです。
いやはや、子どもの頃の自由研究って、案外大人になってからも尾を引いていますね。
※写真はハルコが大人になって作成した自由研究年表です。

2012年8月29日水曜日

千両みかん


何だか落語が聞きたい気分。
自分で分析するに、大分疲れが溜まっているんでしょうか。

前なら、疲れている時は秘蔵の「クレージーキャッツデラックス」というビデオを(それもβですよ)何も言わずに見ていると、オクサマも「あぁ、ハルコは疲れているんだわ」と察してくれました。
「クレージーキャッツデラックス」は、クレージーキャッツの映画の音楽部分のみを繋げたビデオで、確か大滝詠一が構成していました。
植木等の歌をボーッと聞いているうちに、何だか悩んでいるのがバカバカしくなる優れものでしたが、いつの間にか行方不明になってしまいました。

そこで、落語です。
丁度夏の噺なら「千両みかん」が好きです。
もう、30年も前になるのですが、先代(10代目)金原亭馬生さんの「千両みかん」を寄席で聞いていたのです。

噺は真夏の暑い盛り。大店の若旦那が病気で危ない。若旦那に何か欲しい物はないかと大旦那が聞いたところ「みかんが食べたい」
当然江戸時代に冷蔵庫なんかないのですが、番頭さんが大旦那に呼ばれ、倅のためになんとしてもみかんを捜してくるように、と申し付けます。
番頭さん江戸中を汗みずくになり、やっと探し当てましたが、これがみかん1個で千両!
大旦那は倅の命には替えられないと、みかんに千両を出します。
若旦那はみかん3房を食べて元気になり、番頭さんに「お前も食べなさい」と勧めたら、番頭さんそのみかんを持ち逃げして終わるのですが、馬生さんの高座は真に迫るものでした。

馬生さんは古今亭志ん生の長男で、酒しか飲まない生活で身体を壊していました。
これが最後の高座で、江戸落語では使いませんが、釈台によりかかり、はじめと終わりは緞帳が上げ下げしてました。

8月に馬生さんを観たのが最後で、翌9月13日に54歳の生涯を閉じたのです。
本当は、これの続きで「千両みかん」をパロディーにした、中島らも落語も超面白いのですが、お後がよろしいようで。

2012年8月28日火曜日

食のハルコ文庫

をテーマとして勉強しようと考えて、30年近くになります。
当然食関係の本は増え続けます。
食や料理に関することならノンジャンルで集めていたので、単行本だけでも相当の数になります。
ですが、さすがに全部読んでいる訳ではないので、たまに本棚を見ると「えっ、こんな本買っていたんだ!」と自分でもビックリします。

蔵書自体は事務所と自宅と新潟のダーチャに分散して、食関係は主に事務所に置いていますが、これも整理する必要を感じてます。
メインの資料棚は、一段に二重にして本を置いているので、奥に何があるか判らない状態です。
さらにこれとは別に料理雑誌ののバックナンバーもあるし、何とかせねば。



食の文庫と新書は一カ所に納めてますが、これでも400冊はあります。
文庫本の食の随筆コーナーを見るとやはり昔の人のは良いですね。
吉田健一、魯山人、谷崎潤一郎、檀一雄、内田百閒、篠田一士、開高健、荻昌引、邱永漢……。
あぁ、これを読み始めると整理がつかない。

分野別にちゃんと収まる日はくるのかしらん!

2012年8月27日月曜日

美味しいものを食べると不幸になる!?


暑い中、仕事の合間に今日のブログは何を書こうかと考えていました。
が、何も思いつかない!
どうも、暑いと脳もサボタージュするようで…。
そこで、今まで食べた料理で何が一番旨かったかを思い出そうとするのですが、これがまた、不味い食べ物しか出てこない。
やはり、暑いせいかしらん。

この歳になると、そうそう初めての料理や味には遭遇しませんね。
同じ物を食べていても、過去に食べたものとつい比較してしまいます。
「これより、あそこの○○は旨かった」とか、「これはまぁまぁだけど、○○に比べると残念だがイマイチ」なんてね。
ある時に、ハッと思ったのです。
「今、食べているものが最高の味なら、 これ以上の味は見つからないのでは?」
と、不安になりました。
最高に美味しいと思ったら、その後には不幸が行列を成しているのではないかと。

味覚の探求は、よりよい美味しいものに出会いたい、という欲望ですね。
ところが、最高に旨いものに出会うと、それ以上のものには出会えないと考えれば、不幸ではないでしょうか。
でもご心配なく。美味しいものは記憶が薄れてぼんやりしてきますが、不味いものは年を経ても不味さが増幅され、純化されていつまでも覚えているのです。

と、ハルコは考えているのですが、皆さんはどうでしょうか。

2012年8月24日金曜日

朝目覚める。
の隣にいる女性は妻である。妻にとって私はである。
名前を呼ばれる時は「ハルコ」で、私は「オクサマ」と呼ぶ。
世間は私達を夫婦と呼ぶが、当然若夫婦という年齢ではない。

今日は、朝早くから広尾の日赤病院で定期検査の日である。
地下鉄に乗車する私は乗客と呼ばれる。定期も更新したばかりで移動には差し支えないが、もしも「キセル」をしたら私は薩摩守只乗と呼ばれる。
地下鉄から出てタクシーに乗った私は、乗車客になり運転手さんに料金を支払う。

病院に入った私は、その時から患者IDカードを所有している外来患者になり、血液採取センターでは番号12で呼ばれて、試験管の名前の確認の時に「後藤晴彦」さんで確認してください。私に間違いありません。ここから私はドラキュラに血液を抜かれる気分のハルコ(独白)になる。
検査がの結果が出て予約時間まで間がある私は、首から呼び出し子機をぶら下げて、この病院の中では不審な人ではないことを装う善良な外来患者である。
が、その実体は写真のネタを捜してうろつく変なオジさんである。
問診がはじまり、担当主治医のH先生の元で私はあいも変わらず中性脂肪値の高い患者であり、この会話はほぼ10年変わらない。
会計を済ませて外に出た私は、外見から見て患者なのか見舞いの客なのか、はっきりしないので少し不安になる。

不安になった私はバスの乗客になり、渋谷へ向かう。
バスを降りて歩道を歩く歩行者になり、駅の中を通り、いつもの立ち食い蕎麦屋の客になって入る。
蕎麦を食べながら写真を撮る、店から見たら不審な客でである。
幸いにしてお金は事前に払っているので無銭飲食の客とは見られないが、やはり変なオジさんであることに変わりはない。


駅のキオスクでパスモで漫画雑誌を購入する漫画の好きな客になり、私は地下鉄の乗客になる。車内では先ほど購入した漫画を読む変なオジさんである。
地下鉄を降りて院外処方の薬をもらい薬局の客になり、また番号札を渡されて私は薬を待つ客になる。薬を貰い料金を払い客として薬局を出て、歩行者になり事務所に向かう。

事務所では社員から「後藤さん」と呼ばれる私だが、一応肩書きは社長である。
しかし、スタッフには「社長はおりますか?」という電話は一切取り次がない様に言ってある。

朝の数時間で私は幾つの立場になっていだのだろうか。
時々夢想する私でした。

2012年8月23日木曜日

豊村 薫さん 薫風料理

裏地桂子さんからのご紹介で、目黒の八雲にある料理作家で国際中医薬膳師の豊村薫(とよむら かおり)さんのスタジオに、一緒にご飯を食べに行きました。

薫(かおり)さんと呼ばせてください。すごくチャーミングで素敵な方でした。
薫さんは経済評論家・作家の邱永漢さんのご長男の奥様です。
邱永漢さんと言えば、超食通としても知られる方でした。ハルコも随分邱永漢さんの本を読みながら涎を垂らしたもんです。
邱家では専属のコックさんを雇い、毎日美味しい料理が出されていたそうです。そんな家に嫁ぐという希有な体験から、薫さんはどんどん中国料理をマスターしていったのです。
聞けば聞くほど面白そうな話がどんどん出てきますね。
そして、中国料理を会得しながら中医薬膳師の資格を持ち、ご自身で医食同源の中国料理に世界各国の料理のエッセンスを取入れた「薫風料理」を確立されたのです。

以前からハルコも「中医薬膳」には興味があります。
中国、韓国の時代劇ドラマには頻繁に薬膳等の食文化が登場します。
病気になって食べ物(薬膳)で回復をはかるという要素もありますが、やはり「未病(みびょう)」が本来の役目だと思います。
食べ物の知識を用いて家庭で毎日の食事を通じて病気を予防する。これからはもっと盛んになっても良いジャンルですね。
薫さんと何か面白いことをしたいですね。

豊村香織さんのHPはこちら。
薫風料理教室