2014年3月11日火曜日

ホワイトアスパラガス

今日は311ですが、昨日のブログで書いたので、心の中で亡くなられた方々のご冥福を祈ってます(ハルコの伯母と従兄弟も亡くなってます)。


 春先になると、楽しみの一つと言えば筍もありますが、ホワイトアスパラガスも良いですね。
レストランで見かけると、必ずと言って良いくらいオーダーします。
自分でアスパラガスを調理する時は、三角形の鱗状の部分を取り除きます。この部分は葉が退化したものだということはご存知ですか?
食べている部分は茎なのですが、普段はそんなに意識しませんね。

この数十年で、ホワイトアスパラガスは普通に手に入るようになりましたが、初めてホワイトアスパラガスを見たり食べたりしたのは缶詰でした。
子ども心には、あまり美味しいものだと思ったことはありませんでしたね。。
それからグリーンアスパラガスが沢山出回り、今では普通にスーパーで買える素材になりましたが、ホワイトアスパラガスは別格ですね。

ホワイトアスパラガスは、生育の過程で伸びてきたアスパラガスに土寄せして軟白栽培したもので、土をかけないでそのまま育てればグリーンアスパラガスになるのですが、ハルコはホワイトアスパラガス好きなのです。
まぁ、栄養価の点ではグリーンアスパラガスの方が高いのですが。
ご存知の方も多いと思いますが、アスパラガスを保存する時は、乾燥しないように袋をかぶせて立てて保存します。
ゆでる時も同様で、アスパラガスを縱にしたまま茹でられるような専用鍋もありますが、わざわざパスタロボなど出すのは面倒なので、そのまま茹でています。

以前あるシェフに、「茹でる時は剝いた皮も一緒に茹でると良い」と聞いたので、その通り実践してます。
塩を入れるかどうかはその時の気分ですが、茹でたての熱々に塩とオリーブオイルをかけて食べるのは旨いですね。
そして、外で食べる時は絶対に目玉焼きをのっけたものオーダーします。お馴染みビスマルク風ですね(ドイツの鉄血宰相の好物)。
※写真は西荻の「29」のホワイトアスパラガスビスマルク風

そして、ハルコが思う一番美味しい食べ方は、味噌汁の具にすることです。ダマされたと思って一度お試しください。
アスパラガスの和名が「松葉独活」だというのを理解できますよ。

2014年3月10日月曜日

311の前日

今年は3月になっても寒い日が続いてますね。
昨日は久しぶりに散歩したりとゆっくり休日を過ごしました。


明日は東日本大震災から3年目ですが、これも早いものです。
311の日は今でも克明に思い出せますが、日常から非日常に変わる前日は思い出せないですね。
3年前のスケジュールノートを見ていると、ハルコは3月に入ってから体調が悪く、風邪で寝込んでいたんですね。
そして3日連続でスタジオで撮影して、また風邪がぶり返し自宅休養していました。
3月7日(夜)自宅そばで焼肉、3月8日 市ヶ谷で中華、3月9日 新丸ビルで鮨、3月10日は自宅でご飯……。
その翌日の3月11日は月イチ「はしぐち」の予約を入れていたので、前日は自宅でご飯を食べようと思っていたんですね。
そして、3月11日の午後2時46分まではいつもと変わらない、日常だったのですが、日常から非日常へと大転換でしたね。

3年も経つと当事者以外では記憶も薄れて風化しまいがちです。
この10日と11日の間に、多くの人は環境や人生が変わってしまいました。
第二次世界大戦・太平洋戦争では、本当の復興には8年かかっています。
その伝で行くと3年経た今、あと5年で何とかしないと先は無い、と考えているので、これからが一番大変で、多くの人が忘れてしまいがちな段階に入ってきます。
今月も釜石に帰ります。

※写真は津波の被害を受けてそのままの状態の、港近くの本屋さんです。高校生の頃までよく通っていました。

2014年3月7日金曜日

三谷幸喜・国民の映画

パルコ劇場で三谷幸喜作・演出の『国民の映画』を観てきました。
3時間の長丁場でしたがたっぷり堪能しました。
この劇は3年前の3.11の頃に上演していたものの再演です。
はじめのコミカルな内容が、最後にユダヤ人の殲滅という歴史の闇に繋がるのですが、個人的に16歳の頃を思い出しておりました。


この頃のハルコは、漠然と「イラストレーターになりたいなぁ」と思っていました。
当時、伊坂芳太郎さんというイラストレーターに憧れ、その精密な描写に惹かれていました。
伊坂芳太郎さんの線は、細い面相筆描かれているのですが、未熟なハルコはかぶらペンでマネをしながら描いてました。
それをB全のパネルに描こうとして選んだテーマが「ドイツ第三帝国」だったのです。
この作品を描くために、『ドイツ第三帝国興亡史』(全5巻)を始めとして、ヒットラーの『マインカンプ(わが闘争)』や第一世界大戦後のワイマール共和国の歴史、ユダヤ人迫害の歴史等々を読みあさりました。
そして描き上げたのが今日のブログの画像です。

この所、『アンネの日記』を図書館で破いた事件から、ユダヤ人迫害の歴史などニュースでよく登場してますが、このあたりの歴史をどの程度理解しているのでしょうか。
アーリア人種の優位をはかる政策で、ホロコーストという歴史上でも最悪の出来事は、言葉では知ってはいても日本人にはわかりにくい問題ですね。
ユダヤ教の選民思想、キリスト教のユダヤ人に対する棄民の問題の本質は、歴史でどんどんねじ曲げられて今日まで続く災禍です。
そんな事を16歳のハルコ少年は考えていたのです。

真ん中の空白は、最後のワイマール共和国大統領ヒンデンブルクで、舞台に登場する“あのお方(ヒットラー)の右が宣伝相ゲッペルス、ヒットラーの後ろがナチス親衛隊ヒムラー長官。そして、ヒンデンブルクの後ろが空軍元帥ゲーリンク。
中に描き込んでいるのは、その時代に関係している人物です。
しかし今から考えると、16歳のハルコは相当オタクですね(笑)。

2014年3月6日木曜日

味坊・羊、大いに喰らう

今週初めてお誘いを受けて、神田「味坊」へ出かけました。
中国東北地域の料理を出す、ガード下にある人気の店なのですが、普通の中国料理とは随分違っていました。


味坊の料理は少数民族の満州族の料理で、中国の北方に住んだ祖先の満州族は清王朝を築き上げ、北京に遷都した後も、その食文化の習慣を色濃く残しているのです。
そしてメインの食材は「羊」ですが、中国の飲食理論では、羊肉は季節の変化に体を適応させる効果があるため、羊肉をたくさん食べるのが多くの中国の人たちの食習慣なのです。
一緒に食卓を囲んだ方々は、羊の効果か体温が上昇し、服を脱ぎ出す始末でした。
いやはや、羊の蓄熱効果恐るべし!

中国料理で普段食べる肉と言えば豚や牛が中心で、喰わず嫌いではありませんが羊肉を食べる機会は滅多にないのです。
フレンチやイタリアンでは羊肉は随分食べているのですが、クミンたっぷりの羊焼は「う〜ん!」とうなる旨さだったのです(未訪で随分損をしていたと思いました)。

中国料理で羊が何時頃から食べられてきたかは不明ですが、多く食べられるようになったのは六朝(りくちょう)の頃なので1800年くらい前だと考えられます(三国時代の呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳)。
北の遊牧民族の南下で羊肉食が広まり、最初に書いた清朝に繋がるのですが、匈奴族が南下し、牧畜が盛んな各種族が領土を広げて行きました。契丹国、遼、と契丹族の食文化の浸透はまさに、中国の歴史そのものですね。

また味坊に行きたいのですが、ある程度人数がいないと沢山の種類は食べられませんね(ちなみに今回は11人でした)。
再訪の日を楽しみにしているハルコでした。

2014年3月5日水曜日

本日もハルコ撮影哉。

朝から冷たい雨が止みませんね。
昨日は幕張メッセのFOODEX見学後、神田の「味坊」をメインにした中国東北地方の料理を食べる会に参加しました。
羊の旨さを心ゆくまで堪能しましたが、これは後日ブログに書こうと思います。


今日はまた撮影で、雨の中出掛けて参ります。
この所自分のデスクにいる時間が短いので、ゆっくりブログを書けないのが残念です。
と、いう短信ブログでした。

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2014年3月4日火曜日

本日FOODEX JAPANです


今日4日から7日まで開催の「FOODEX JAPAN2014」見学のために幕張メッセに来ております。
ハルコは目当てのイタリア館記者発表会に参加します。
ほぼ1日、会場で楽しんでおります。
そんなわけで、本日のブログはお休みです。
皆様よい1日をお過ごしください。

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2014年3月3日月曜日

大きい本、小さい本

今日3月3日は雛祭りですが、ブログで雛祭りの事は書いたことがありませんでしたね。
雛祭りは、五節句の一つで本来は「上巳(じょうし)」といい、古来中国で3月3日を上巳として川で身を清め不浄を祓う習慣が日本へ来て、平安時代に宮中で曲水の宴を張り祓を行うようになりました。「上巳の祓(はらえ)」として形代(かたしろ)の紙の人形を作り、それに穢れを移し川や海に流したのが、現在の雛祭りの原型なのです。


思えば雛祭りに関しては、ずいぶん雑誌等で料理の仕事はしていたのですが、何か一番思い出に残る本は?と捜していたら、ありました。
もう35年前に制作した『決定版/料理の神髄 会席料理』という本で、表紙が東京の「新喜楽」で雛祭りの御膳を取り上げました。
吉兆を始め日本全国の一流会席料理店を取り上げた豪華本なのです。
この本がでかい!
片面A3で見開きにするとA2にもなり、もうポスター並みのサイズで、企画から完成まで2年かかったのです。
後にも先にもハルコはこのサイズ以上の本を制作したことはありまでんでした。

逆に小さい本(冊子ですが)は、片面B8というサイズで手掛けたもので、包丁に付属する冊子です。これが最小ですね。
写真をご覧ください。