2014年2月12日水曜日

高校生の野菜

本日は終日、岩手の食材商談会に立会のために短信です。
六本木のヌッフ・デュ・パプで「サロン・デュ・イーハトーヴェ」が開催され、多くの生産者の方が集まっております。
料理人さんからバイヤーさんと熱気が溢れております。
その中でも、遠野の高校生が作っている野菜に注目!
遠野早池峰菜(とおのはやちねな)というブランドです。
岩手県立遠野緑峰高等学校の生徒達、がんばれ!

2014年2月10日月曜日

テーブルウエア2014を観に

東京は金曜から土曜にかけての大雪で、みなさん大変な思いをしましたね。
東京から帰りの飛行機が飛ばず、金曜日に一緒に打ち合わせした有田の窯元さんは、2日間も帰れなくなり、大変だったそうです。お疲れ様でした。


その窯元さんから東京ドームで開催の「テーブルウェア・フェスティバル2014」のチケットいただき、昨日はまだ雪の残る会場に出かけました。
東日本大震災の前は毎年行っていたのですが、このところご無沙汰していたのです。
いつもの事ですが会場は女性客が多く、熱気でムンムンしており、テーブルウェアにかける情熱は凄いですね。
写真撮影は自由なので、皆さんお目当ての場所で、盛んに高そうな一眼レフで写真を撮っていました。


有田のブースでは、以前から大変お世話になっているプロデューサーの方にお会いしました。彼は有田の窯元さんを束ね、中心になって有田焼のラーメン鉢やパスタ皿を企画された方なのですが、一度ちゃんと仕事をしたいと思っております。
毎年開催されるフェスティバルに新商品をぶつけてきますが、少しマンネリ化してきているような気はします。
見落としているのかもしれませんが、新基軸の商品はそうそうありませんね。
ハルコとしても今年は再度、陶磁器の新商品と岩手の漆器の開発を手がけたいと考えております。

今週は色々な商談会やらビッグサイトなどにも出かけるので、ブログは休み休みになるかもしれませんが、FBでは引き続き情報発信していきます。

2014年2月7日金曜日

肉食はダメよ1200年!

新聞の記事では、4年ぶりに牛肉の消費が増えたそうです。
景気が上向いてきたのでしょうか?
一昨日も肉食のタブーのことを書きましたが、今度は日本の肉食のタブー史の話です。


日本でも、江戸時代が一番肉食に対する禁忌があったイメージがありますが、正確には天武天皇による「畜生の殺生禁断令」が、天武3年(674年)に発せられたのが、日本の「肉食のタブー史」の始まりです。
さらにその後、聖武天皇が天平13年(741年)の今日、2月7日に牛馬の屠殺を禁止したのです(資料により年度の違いがあります)。
「畜生の殺生禁断令」の後も、農民の間では密かに屠殺が行われていましたが、牛馬は人に代わって働く家畜ということで、露見した場合は百叩きの刑になったのです。
そして明治5年1月24日に、明治天皇が「自ら膳宰に命じて」牛肉を試食するまで1200年間も、公では肉食を禁止されていたのです。

「肉食はダメ」という仏教的思想の考え方から、やがて日本民族の多くに、「けがれ」という意識が広がり、肉食を否定する国になってしまいました。と言っても、本音と建前の民族性で肉食をしていた人々も結構いたようです。
例えばあの水戸黄門も肉食をしていたとの記録があり、徳川御三家の紀伊藩藩邸跡から大量の獣肉の骨が発掘されています。発見されたのはごみ捨て場から鹿、牛、馬、野兎などの骨でした。
どんな理由で食べていたかと言うと、表向きは薬の一つとして食べていたのですね。
それらを買い付けていたのは、「獣店(けだものだな)」や「ももんじ屋」と言われる種類の店です。ちなみに「ももんじ」とは、バケモノと言うような意味があります。

最も古くから食べられていたのは「猪肉」です。
古代では肉の総呼は「しし」と言っていたのですが、区別が付きにくいので「いのしし」とか「かのしし(鹿肉)」と称したのです。猪肉は別名で「山鯨」とも言います。
鯨は魚の種類と思われていて、猪肉の味が鯨に似ていることから「やまくじら」と隠語で表されています。
また、「牡丹」と植物の名前で呼ばれているのは皆様ご存じだと思います。
馬肉は「桜」、鶏は「柏」、鹿肉は「紅葉」などで現在も名前として残っていますね。

2014年2月6日木曜日

海苔の日

今日2月6日は「海苔の日」です。
ブログを始めて3年ですが、海苔の日だけは必ず書いています。
まぁ、ハルコは相当の海苔好きなのです。


「海苔の日」は、1967年(昭和42年)に全国海苔貝類漁業組合連合会が制定しました。
なぜ、この日かと言うと、701年(大宝1年)に大宝律令が制定施行された日だからなのだそうです(太陽暦換算)。海苔が「調(年貢)」のひとつになったのです。
普段何気なく食べている海苔は、「調」の藻類の中でも貴重なもの(紫菜・むらさきな)でした。庶民の口には入らないくらい高価な、当時の高級食品だったのです。

海苔が庶民の口に入るようになるのは、江戸時代の浅草海苔の登場からです。江戸初期では、海苔は精進料理に親しむ寺院を除けば一般的ではありませんね。
寛永20年(1643年)の『料理物語』には「浅草のり」という名前が見られますが、この当時は醤油ではなく、溜(たまり)で味付けされていたようです。
江戸名物になる「浅草海苔」は、亨保年間(1751年)頃に現在の乾海苔の原型(す)きのり」が発明以降ですね。多くの専門問屋出来て、全国へ浅草海苔が広まったのです。
こうして日本全国で海苔の採取加工が行われ、現在の海苔産地が形成されるようになったのです。

日本人の年間平均の海苔消費量は82枚だそうです。多いか少ないかはわかりませんが。
ハルコは家で海苔を食べる時は、4〜5枚は食べます。その他にも、鮨やさんの巻物、コンビニのお結び、そば屋さんで、焼肉屋さんで韓国海苔……。
数えたことは無いですが、年間200枚以上は食べているはず。
そば屋でぬる燗で海苔を当てにして食べるのが一番好きですね。

2014年2月5日水曜日

菜食主義と人口

先月、ダン・ブラウンの『インフェルノ』を読みました。
ご存知のように『ダ・ヴィンチ・コード』は世界的にベストセラーになり、映画化もされましたね。
『インフェルノ』も謎解きなので内容は書きませんが、地球の人口の増加問題がストーリーのベースになっています。

日本は少子高齢化による人口の減少が懸念されていますが、世界を見ると現在世界の人口は72億人くらいだそうです。これが半世紀前は30億人だったのです。その当時小学生のハルコは、社会科の教科書で覚えた記憶があります。
50年で倍の人口ですが、これが昭和の初めは20億人、19世紀初頭は10億人でした。この50年での増加は異常なほどだと思います。

小説『インフェルノ』は、この人口抑制するために仕掛けられた野望を防ぐストーリーなのですが、悪の側の人口抑制者の立場も理解出来ないわけではありません。
ある人口予想では2100年には109億人になるという説や、いや、地球の人口は80億人で頭打ちだというのもあります。
しかし、まだまだ人口が増加することは間違いないでしょう。
こんなに人口が増加して果たして、地球はその人口を養うだけの物を提供できるのでしょうか? 大気汚染・水不足から始まり、食糧の自給を考えると、ハルコは心配で夜も眠れません。
医療技術の発達で人類は長生きになったのは幸いですが、このままで良いのか考えてしまいますね。


ブログの表題に「菜食主義」としましたが、本当は究極の菜食主義者インドの“ジャイナ教徒”のことを書こうとして、内容が変わってしまいました。
歩く時も口の中に虫が飛んで入らないように白い布で覆い、当然、牛乳も卵も蜂蜜すらも蜂を殺すと禁止しているジャイナ教に、興味を覚えているのです。
その内容は『肉食タブーの世界史(法政大学出版)にありました。食糧危機は、歴史の中でもある物をタブー食にすることで解決している部分もあるのです。
一度、このタブー史と食糧の関係を考えても良いのではないか、と思うハルコでした。

2014年2月4日火曜日

パスタは乾物!?

寒い立春です。が、雪が凄い!
昨日は温暖な静岡で終日撮影をしておりました。
朝から出かけて夜までの間、撮影時間はわずか2時間ほどでしたが、何にそんなに時間がかかったのでしょう。

さて、今朝テレビで情報番組を観ていたのですが、こんなのが流行っていたとは、ハルコ知りませんでした。
パスタの茹で時間がわずか1分!
いや、ウソだろうと思っていたのですが、NHKの「ためしてガッテン!」辺りから出て来たようで、料理人さんの中では知っている人も多いようです。
昔からそば屋さん(多分一部だと思いますが)でしている方法で、乾麺のそばを水に浸水させておいて、充分に水を含ませてから麺を茹でるのです。すると短時間で茹で上がり、食感がモチモチするそうです。


朝の番組(はなまるマーケット)では、アルケッチャーの奥田シェフがその技を使い、パスタ料理を作っていたのですが、水に2時間程度(それ以上でも可)浸けていました。水に浸けたパスタは色が抜けて白くなり、それを茹でると元の色に戻るのです。
水の替わりにコンソメ液に入れても同じ状態になり、さらにパスタにコンソメの味が入るのです。


いや、本当に知りませんでしたが、面白いですね。
そう考えると、乾麺は昆布や干し椎茸、切り干し大根と似ています。
奥田シェフは、この1時間で茹で上がるパスタを、東日本大震災の支援で被災地の炊き出しに活用したそうです。

生と乾麺の中間にある1分早茹でパスタは、第三の味覚かもしれません。
奥田シェフは春にカイハウスに登場します。

2014年2月3日月曜日

節分だけど撮影

今日は節分ですね。本当の意味での年変わりです。
朝からめったに乗らない新幹線こだまに乗り、静岡は富士山の近くのレストランまで来て撮影しております。
暑いくらいの上天気です。

今日のブログは超短信でした。